あえて「MACHINE HEADと私」を振り返る

あ、ドイツ遠征関連は↓です
 
いや~、ゆうべ「物語を捨てろ」なんて書いておいて、
今日ふっと会社でひらめくことがあって
(それまで、それこそほんとは1年8か月ほどあることでうじうじしていた、
誰にも言ってないしこれからもたぶん何をうじうじしていたか誰にも言わないけど)、
夜帰宅したら、それまで普通だったのに、今年10月に経験していた、
ベッドに丸まって動けなくなる、という状態にいきなりなって、自分でびっくししたw
 
思いっきし「物語」だし「歴史」だが、「Supercharger」が出てほぼちょうど10年ですよ
たぶん帰宅したときに聴いていたのが"Deafening Silence"だったから、
どさっと思いが出現しちゃったのかも知れないね
 
 
で、1999年にMACHINE HEADのファンになったころのことから、すべて思い出していました
 
初めて
「日本で観られんのなら海外遠征しようか」
と思ったのは2005年頭のマシヘUSツアーのときでした
 
あ、マシヘのことだけじゃなくて、バンドってものに関して、
遠征してまで観たい、(ライヴで)会いたい、と思ったのがね
 
このUSツアーの日程をじっと眺めながら、
これとこれなら行ける、とか思って、
ぎゃーこくじん(名古屋発音)に囲まれながら"Imperium"を聴くことを夢想しました


そして2007年に、実感の湧かない、マシヘ、Loud Park出演発表。
 
発表のときはほんと実感湧かんかったわ。
バンドの側が持っていたであろう不安や不信を、こっちも結局は持っていたのだと思う。
で、当日が来て、ライヴレポの冒頭はこれであったな。
 
NOCTURNAL RITESが終わったころ、

「……ほんとにましんへっど、出るんだ」

とライヴ直前になってじわじわキてしまって、ほんとに来たんだ来たんだ来たんだ、愛してるぜ、兄貴(ロブ)、なんて思っていると、司会者が出てきた、「次の来日があるかどうかはみなさんにかかってます」とか言ってるが何が何でももういいや、スカートだから前へ行く予定はなかったんだが、兄貴から離れてなんていられるか、じゅらさんに別れを告げ、人ごみかきわけ、"Clenching the Fists of Dissent"のイントロのギターを聞きさらに前へ前へ、周囲が男ばっかな怖さも臭さも関係ねえ、とにかくMACHINE HEADを待ち続けたことを伝えてえんだよ。

(前のブログから抜粋→Loud Park 07初日
 
 
そっからの、まだほんのり不安が残りつつの翌年春の単発来日や、そして言うまでもない栄光のLoud Park08。
 
"Be Still and Know"の歌詞をみるといろいろ思うことがある。
 
And there's heartache
As we search to connect
Even just for a moment
Pretend we're content
There is love
Know that we are one
We are all in this together
Weather the storm

 
そして
 
Look into each other's eyes
Make the connection before it dies
It will all disseminate
As we consummate

 
 
私は無茶をして、2007年以降は毎年マシヘを観るに至りました
 
今年は、アルバムが出たあと、遠征するかしないかしばし悩んだが、
いわゆる"transformation"前の頭がおかしいあいだに日程を検討して、頭がおかしいさなかに航空券を買った
 
ので、正直行くまで自分のなかで行くと決めたことに後悔があった
(ぜいたくな後悔ですが)
 
でも、結局、ドイツを離れるころには、行くしか選択肢がなかったのだ、ということに気づかされる
 
帰ってきてから、まあここを読んでいてくれれば判るだろうが、いろいろな思いを通った
 
 
……収拾つかないのでここまでにしておくか。
つか、結局は「今」感じてることなんか言葉になんねえですわ、ってことなんだろうなw
 
そのくらいいまだ深く重い思いがある
 
そして私は、自分自身で、
「この重い思いを収束させたい、ほんとに、直観的に、そうすることが今後重要になっていくと判っているからだ」
と、確かに今もすでに思っている、しかし、もっと晴れ晴れしくそう思えたときにのみ、
自分とマシヘのかかわりを変えていきたいと思っている
(それが別に離れるということでも全然かまわないと思うのだが、でも、100%そうはならないだろう、
少なくとも、今何となく感じ取っている「何か」が大団円を迎えるまではね)
 
つまり、たとえばこの重い思いが、ロブからみたときに不自然と言うか「うーん」と思えると言うか、
そういう理由では、私はこの思いを捨てたくはないのだ
 
「自分が」
「別の方向にシフトしよっ!」
と自然に思えたときのみ、捨てるのだ
 
それまでまだまだまだまだ(人として、あるいは「何らかの存在」として)愛している、自分でも驚くほどに、こんな気持ちが残っていたなんて。
 
Now playing: MACHINE HEAD/Clenching the Fists of Dissent
 
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by 6ssorelativo | 2011-12-05 22:35 | 音楽

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


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