DIR EN GREY、Uroboros再来~That's where the truth is

1/22、大阪城ホール公演の感想、本編。
 
 
去年の10月から突如DIR EN GREYのファンに、しかも"Vinushka"がきっかけとなってなった身としては、「Uroboros再来」、なんてイベントはまさに「世界はそういうふうにできている」の立証でしかないわけで。
 
このライヴのアナウンス自体は10月の時点でされてたんだっけ?
忘れましたが、去年10月頭から突如ファンになって、「Uroboros」のDVD買ってきて、
おおお、これを体験しそこなったとは、うおおお
と思っていたんだが、まさに「再来」で、一度は終ったものを、体験できたとは、だからよ、世界はそういうふうにできてんだよw!
 
 
当日に感じたことをがーっと書くけど、"Vinushka"はシンバルのカウントじゃなくていきなり薫さんのギターで入ったってのが感慨深いよねっ、ねっ
ってか個人的にそういう入りかたを待ち望んでたんだよ!
ってかもうまじにこの曲は好きすぎてと言うか特別すぎてと言うかもう説明不能なんで簡単に書いてしまうが狂うかと思ったわ。
彼岸花の映像とか
やばいだろ
 
しかしこう書いているとそのときのことが自分のなかで違う出来事にされてしまう感じがする
やっぱ言葉が人間の行動のなかでは一番まどろっこしくまた簡単に真実を裏切る
 
だから"Vinushka"を生で聴いた、ということに関してはこれ以上書くのはやめよう
 
まあUroboros再来全体の体験自体にも言えるけどね、それは。
言葉で言えるのは、
Uroboros再来というライヴが行われた、バンドとファンが集まった、以上!
だけではあるが。
 
でも言いたいことはあるんだよね。
何だろう?
 
当日の夜にケータイからちまちま書いたけど、そうだな、そういうことかな、「Uroboros」ってすげえ東洋的な作品じゃん。
そのへんのことかな。
そのへんのことなら書いてもあの輝かしすぎた、あるいは私が自分の言葉で決して汚したくない体験を汚すことのないままDIR EN GREYというバンドについて何か言えるだろうか。
 
当日に書いたけど、真理への鍵はたぶんすべて東洋にかためられている。
歴史の長い宗教のすべてはアジア、と言うか、ヨーロッパ人が"east"と定義する場所で興った。
私にはインドも中東もすべてアジアであるという西洋人の感覚がほんとのこと言うとまるで判らないのだが、でも彼ら自身がそう定義するのだから。
自分らの歴史には真理への鍵がないと自ら定義するのだから。
(真理への鍵、という意味以外ならばもちろんすばらしい遺産はあるわけだが。)
 
しかしだからこそいわゆる「スピリチュアル」とか言われるムーヴメントは西洋から波が来たわけでね。
きちんと判ったわけだ、彼らの精神は判ったわけだ、今のままでは絶対にマズイ、ってことがね。 
 
現代日本がここまで社会的に悲惨な状況になったのは、明治以降の「頭脳部分だけ」「思考部分だけ」西洋を取り込んでしまったことに因る。
精神は東洋であるのに、行動様式だけを、思考様式だけを異世界から移植し(ようとし)た結果、ここまで社会が瓦解した。
神の実験は残酷すぎると時に思うのであるが。
 
何度か書いたけど、思考ってのは真実じゃないんです。
言葉が裏切る、というのはつまり思考は裏切る、というのとほとんど同じ意味です。
思考は言葉からできているから。
 
人間は、言葉が話せるから自分らが知的に進化していると思っているが、とんでもない、言葉や思考は幻惑のためだけにある。
 
幻惑、っつったら、そうだよ、それこそ、「Uroboros」のような作品を聴いたりライヴを観たり、そういうときに起るものだと思うかも知れないが、逆だ、ああいった体験こそが真実である。 
 
だから私はどうにも今回のライヴのことは言葉では書けない、と言うか、あのときの真実を否定することになるから、書けない。
 
ゆうべ書いた、
「神は真理への鍵を東洋にかためすぎた」
「京くんを見ていると神と悪魔が同じものだというのがよく判る」
というのは、「(言葉で)語られた」ものではない、あの夜、あの場にいて、感知したことだ。
まあこうやって言葉にした時点で「解釈」という拷問を受けることになる、という命運が、人間のおこないにはあって、だからもう私は自分が(かなり偏った意味で)言葉の人間であるというのが大変めんどくさいのだが。
 
DIR EN GREYの音楽はそのへんのめんどくささを蹴散らすから好きだ。
嫌いなやつは嫌い、判らないやつは判らないでよい。
そういう潔さが貫かれていて、「解釈」というものを最初から小ばかにしている。
できるわけがないからだ。
 
京くんの歌詩ってのは、すまん、語彙貧困でこの言いかたしかできん、彼の詩は、「すごい」、のだが、なぜかと言うと、言葉の否定から入っているからです。
言葉なんぞでは何も語れないことを知っている。
だから通常ではあり得ない単語の組合せを頻繁に行うし、彼の詩を読んで判ることは、
「彼の考えていることは彼にしか判らない」
という事実だけです。
(ただしこれは、ネットでけっこう存在する、DIR EN GREYの歌詩の解釈を試みる、というサイトを否定するものではない。そういった、誰かの書いたものを解釈する、という行為の先に、自らを知る、というとても重要な到達点が隠されているからだ。人間には他者のことは絶対に判らない。他者を解ろうとして実際は自らを知ろうとしているのだ。あなたの世界にはあなたしかいない。)
 
 
まあ、ちょっと、ライヴについて書くと、まさかの「Uroboros」完全再現、っていう。
2010年の、武道館の1日目のDVDを観たときに、
"Vinushaka"の次"凱歌~"って殺す気かwwwwwwwww
と思って、そういうのもいいんですけど、完全再現いうのもアツいよな。
 
結局ふつーの感想も書いてるわしwww
でそ、言葉ってすぐ裏切るでそww
いや、この場合前言を即座に撤回して裏切ってんのは私かww
 
まあともかく、"Bugaboo"は去年の「Age Quod Agis」ツアーのときも聴いたけど、今回はもう桁違いな異世界ぶりってか。
 
"冷血~"も同じツアーのとき聴いてるけど、途中の、めっちゃインド(と言うか総合的東洋)になるところの京くんはまじに鳥肌立ったわ。
後姿ってすげえわ。
 
後姿と言えばどの曲か忘れたが彼の後姿の写真がスクリーンに使われてたけど、ごめん、また言う、絶対に宇宙の鍵は東洋にしかないわww
 
で、だからこそ、明晰さに価値を見出して(それはそれでいい)、西洋言語ばっかりみてきた自分に、うつけ、うつけ、と何度か言っていた、ライヴ中w
 
んで、"凱歌"、"Dozing Green"という……これらを生で体験できたのはほんとにほんとに……ふつーに、信じられないんですよ、これらの曲を生で体験したというのが!
特に"Dozing Green"は、今日(ライヴ翌日)になって、
な、生で聴いたんだよな……
と強烈な感慨が。
 
当日も書いたけど、後半の、「裂けた胸~」のところ、ユニゾンにおけるギターリフだけになるやん、あれがもう好きでたまらんのだけど、あのでかい会場で、あのでかい音で、あそこの部分て京くんは客に歌わすから私の耳にはほんとギターしか聞えんくなって、あのとき確かに私はあのギターのリフと一体化したぞ、あのギターリフになったぞ、私の心つかんで一瞬で変質させてしまうほど強烈だったあのギターリフになったぞ、自らが
 
と、「感覚」だけの存在、みたいになってた自分だが、このあと、普段の、「思考」の存在に戻ってしまった。
"Inconvenient Ideal"のイントロが、パイプオルガンバージョンだったからです。
西洋、なんです。
西洋、は私の頭を思考に目覚めさせる。
いきなり頭がすっきりした。
しかし同時の私の心はここにはないと思う、このままパイプオルガンバージョンだったらどうしよう、と思ってたら、ちゃんとバンドバージョンで演ってくれたからまじによかったw
また、私がDIR EN GREYに出会った意味が私の心の世界に満ちて、本編終り。
 
 
アンコールが、まさか「第二部!」って感じになるとわねえ。
 
「Uroboros」ライヴの主題のようになっていた男性の上半身の写真(京くん? 後ろ姿の写真は彼だと判ったんだが)、それがずっとスクリーンに映っていたが、不意に"狂骨の鳴り"が始まり。
男性の胸が引き裂かれ、「Dum Spiro Spero」を連想させる映像が現れる、それで、"狂骨の鳴り"は、確かに何かを裂くような音だと思う、で、そのままアルバム通り、"The Blossoming Beelzebub"に。
って流れだったんで、
このまま「Dum Spiro Spero」も完全再現か!?
とたいへんむしのいいことを期待した私ww
 
 
ところで私は"Diabolos"が宇宙の果てより好きなんですけど。
(つか宇宙とかいろいろ言うけどDIRさんの音楽に対する気持ちは表現のしようがないんだよww)
 
ライヴ終ってから、スクリーンに映った
The continuation of that scary dream
DUM SPIRO SPERO

っての、翌日に"Diabolos"を音源で聴いて、
「怖い夢の続き」
というイントロの歌詩を聞くまで、前日スクリーンに映った英語がこの歌詩のことだって気づかなかったYO!
 
"Vanitas"と"Diabolos"は「Age Quod Agis」ツアーでは演奏されてないけど、終演後のSEで"Vanitas"のインストバージョンが流れたり、さっき書いた"Diabolos"の歌詩が流用されたり、これらの曲の要素がちゃんと配置されてたってのが嬉しいね。
 
ただ、ダイさんがインタビューで言ってたように、「DIR EN GREYの未来」ってとこからいくと、最重要ポイントは"流転の塔"だと、私も思ってる。
まあ首領の薫さんがそう思ってないのかも判らんが。

 
まあともかく、個人的には、"Dozing Green"もハイライトだったが、二度目のアンコールで"The Final"がきたってのは、もう私の全存在がふっとんだと言ってよいww
「"The Final"をライヴで聴く」、というのは見果てぬ夢のひとつであり、うをおおおお実現した、言葉にならん、もう死んでもよい、まじにまじに。
 
 
……と言うわけで、何はともあれ、前のアルバムの再来イベントのために、みんなが集(つど)ったってのが嬉しい
集(つど)った、って感じは、トシヤさんに対して一番感じたな
理由はない
 
 
いずれにせよ、これからDIR EN GREYはさらにすごいことになっていく
もちろん日本以外の場所でも
 
理由は簡単だ
真理はここにある
 
此処が真実だ-This is where the truth is
-"Vinushka"

 
(ライヴのタイトルが"This~"でなく"That's where the truth is"になってたのは判ってる。でもDIR EN GREYは"This is where the truth is"と言い切れる。そういう位置にいる人たちは確かにこの世にいる。そういう位置にいるDIR EN GREYに何かを見出した人たちは、真理にとても近いところにいる。そしてそれは別に知的理解をしなくてもいいことなのである。)
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by 6ssorelativo | 2012-01-23 22:23 |

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


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