その談笑や笑顔のでどころはどこなのか?

最近、会社でひとと仕事以外の話を自分からしなくなったけど、それでいいと思っている。
表情も乏しくなったけど、それでいいと思っている。
 
今までの、自分から相手に振り向ける雑談や表情なんかが、ほんとは自分の内側から出るものでなくて、ただ「社会の要請」とか「自分のなかにある他者への恐怖」からおこなっていたものだったと判ったので、それでいい。
また自然に、こんどはほんとに自分が「そうしたいからする」という動機において、雑談や笑うことができるときがきたら、それが一番いい。
 
ほんとーのことを言えば、雑談や笑顔以前に、たとえば会社の更衣室なんかで知った人と一緒の時間になるのは恐ろしいので避けている。
雑談、スモールトークが、怖い。
それこそ、廊下ですれ違うのもいやだ。
 
でも、別にそれでいいんだよなあ、と思っている。
 
今まで「技術」で雑談や「よさげな時間の演出」をしてきたけど、しょせん技術だろ?
技術の否定はしないが、内側に、
「もう、技術の時代は終わりにしようぜ」
と言っていると思われる人がいる以上、今のこの、自分からは話さない、愛想笑いしない、というフェーズはとても重要なフェーズに思える。
 
という話でした。
[PR]
by 6ssorelativo | 2013-01-23 23:07 | 前へ進むということ

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


by 6ssorelativo