2011年 12月 22日 ( 1 )

(1回upしてから2,3回編集しました)
 
 
普段はまったくテレビを観ません
 
ほんとにまったく観ない、完全に見ない、一秒も観ない
 
「観ない!」
と決めてるわけでなくて、ただただもう、観る必要性が私の生活にはないので観ない
 
 
今日は実家に行ったのでそのときだけ観ますが、今日観た番組は「アンビリーバボー」でした、まあそれはよい
 
で、帰りしなに、その続きですさまじい番組が始まっていて、久々に「私は日本人です!」と言うのが恥ずかしい、と思った
 
何やら、女子アナウンサーにクリスマスディナーを作らせて、それを男性タレントが食べて批評する、という番組らしい
 
ほんとにこの国って何時代なのだろう?
 
しかも何かナレーションが、
「おまえの料理で俺を喜ばせてみろ!」
みたいな
 
大丈夫ですか?
おたくのテレビ局ではそのへんにアンモナイトが泳いでたり三葉虫が歩いたりしてませんか?

 
 
つか、私がこの国にいて感じる違和感の正体のひとつ(そう、「ひとつ」だ、もうたぶん違和感を個々数え出したらきりがないくらいに違和感だらけの国と「文化」)が判ったのだが、何だろう、この、「女は男を喜ばせるもの」という徹底した思想は
 
日本を1ミリ出れば、逆の文化圏のほうが多いわけですが
 
とか言ってると、
多数決じゃない!
日本独自の文化が!
とかいう意見がくるんだろうが
 
何つうかなあ、恥ずかしいんだよ、ふつーに。もう。問答無用に。
 
 
まあ当り前だけども、テレビの世界を一歩出れば、あれよりはだいぶましな世界に日本もなっているのだとは思うのだが
 
あまりに衝撃だったので久々にジェンダーネタでグチってみました
 
あ、あと、もちろん女性の立場が大変なことになってるのは日本だけじゃねいですが
 
ここは「先進国」なんでしょう?
だから恥ずかしいってんだっての、っていう
 
 
ついでに書いてしまうが、私が常々気になっているのは、日本及び後進国の女性の立場の(ほら、「後進国」と日本は並べないといけない状況なのです、だから「先進国なんだろ?」とひつこくつっこんでるんだが)、あまりな兵糧攻め状況と言うか
 
まじ兵糧攻めじゃね?
 
↑のへんな番組だって、
女は料理がうまくて当り前!
みたいなのって、ケコーンしたらできて当然、ということであって、何つか、食いっぱぐれねえ条件なんだよね
 
これ言ってると、
食いっぱぐれない条件は男のほうが高い!!!1!
みたいな意見も存在するのかな
 
いや~、だってさ、よくついったで言われていたけど、いわゆるワープアの問題って、「男性もその立場になる人が増えてきた」から社会問題化しただけであって、女性は昔っからワープアなんですよ
 
このへんをよおく考えてもらうと、私が「兵糧攻め」という言葉を使った理由がよく判ると思う
 
 
まあこのへんの話は全然男性に完全に理解してもらおうと思いませんので議論は不毛です
 
どんなに「俺は違う!」と思っていても、やっぱり言動の端々に、視点とメンタリティの違いが出ます
 
でもこれはたとえば個人単位でも当然出てくることで、「その人に見えている世界」というのはその人独自のバイアスが死ぬほどかかっていて(かかっていない人はいない、かかっていない人がいるとしたら、常に悟りの境地にあって現世に帰ってきてない人です)、どーしても違う人や違う立場の人の意見が理解できません
 
とくにジェンダー等、「社会的立場」に依るものというのは、ほんとに、「立場」問題なので、「立場」が違ったら理解はできません
その「立場」によって、ごめんね、言葉悪いけども、「洗脳」の内容が違うからです
 
女性ももちろんそうなのだが、男性が、この社会でどれほど「男であること」という項目において洗脳を受けているか、鬼籍に入ってしか判らないと思います
残念ながら!
 
 
まあでもそういうなかで
たいへんもがいてらっしゃる男性もいっぱいいると思う、つか、「力がある」というのはほんとに制御が難しいんです
頭を使う
 
たとえば、「立場が弱い」というのは、辛いですよ、でも、振舞いは比較的簡単です、
こういうことが不当だ
ということを指摘すればいいので
(もちろん指摘できないことのほうがほとんどであり、指摘するまでの葛藤もすさまじいものがあり、指摘しても聞き届けてもらえないのがこの国では101%だけども。それでも、「自分は苦しんでいる」という自覚ができるという面では難易度が超絶高いわけではないのです)
 
でも、「立場が強い」というのは、難しいです、まず、自分が強い立場にいる、ということを自覚すること自体が難しいですから
 
人間って、最近私が言っているような、「ひとつはすべてである」みたいなことが判るまで、あるいは判ってからも、どうしても、「全体から切り離されている」辛さがあるために、行動の基礎って、「自分を守ること」なんだよね
 
そうすっと、「社会的に立場が強い」と言われても、男性もぴんとこないと思います
普段、自分を守るのに精一杯だし、事実、それが、「全体との分離感」に苛まれているあいだは人間が取れる唯一の「賢い」生きる方法だからです
 
 
男性は生きるうえではいろいろ不利な面がある
(在りかた、という点で。)
 
たとえばよく
「男は体と心は分れてるんだ! (だから浮気をしたり好きでなくても肉体関係が持てる)」
とか言うでしょ
(そうでない男性もいっぱいいます、いちおー言っておきます、いちいち言っておきますw)
 
そういうのって、まあ単純に、
「だから男ってやあね」
とも思えるけれども、しかし、最近このことを考えたとき、それって不幸なことだな、と思いました
 
ひとりの人間のなかで、分離されているものが多ければ多いほど、生きるのは大変です
自分で自分が把握できないからです
でも、自分の何かと何かが統合されていない、という違和感だけは無意識に判ってるんですね
だから辛さや違和感だけはずっとある
 
そういう意味で、女性のほうが霊的な生きかたがしやすいけれども、男性はそれが難しい人がいる、それは、単純に不幸なことだと思います
 
 
今は社会が完全に「男性用」になっているので男性はこういった自身の不幸が把握しづらいと思うのですが、そう言えば、私がいわゆる「体育会系」が苦手で「アート系」のほうがまだ適応性があったのは、アート系の男性のほうが、いい意味で女性的だからです
「男はこんなことしない!」
みたいなものすごく意味不明なプライドを、きちんと捨てられる強さがあります
(こういう場合の「プライド」は弱さの裏返しでしかないので)
 
(そしてやっぱり言っておきますが「~系」がすべて同じ傾向を持っているわけではない。いわゆる繊細なアスリートもいっぱいいっぱいいるし、逆に、そうでなければ一流になれないのだと思う。そしてアート系でも女性に講釈垂れたいたけの男性もけっこういる。)
 
まあともかく、「男だ!」系の人のほうが生きるのは大変なのではないでしょうか、「自分の「沽券」的に不可」なことがいっぱいあるからね
で、今は社会も、この、「男だ!」を(ほぼ)全面支持しているので、あたかも「男だ!」にこだわる自分が正しいかのように思えます
 
でもそれもまた社会の潮流が変れば変ってしまうものなので、幻想でしかありません
 
まあすべては幻想ではあるのですが
 
 
まあ、難しいやあね
誰だって、性別関係なく、生きるので精一杯でしょう?
そこで、自分の「力」についてまで考慮に入れて行動するのは、ほんとに難易度が高いと思います
 
(私からみたときに男性の人生の困難さは、たとえば一般に言われる「働かなければいけない」ということよりも、この、「自分の「力」についてまで考慮に入れて行動する」ことのほうがファクターとしてはでかいと思う。「ほんとの問題は、自覚さえ難しいものだ、自覚されなければ解決されることもない、だからそれは永遠に問題として残る」、ということです。)
 
ただ、希望は、弱さを自覚する、ことです
 
 
ふう、疲れた
 
今日はこのへんでさいなら
 
(追記あり)
 
Now playing: DIR EN GREY/Dum Spiro Spero
 
  
追記
 
いろいろ書いて、よく読めば、男性批判でないことは判ってもらえると思う
 
でね、男性にはいろんな注文があるものの、私は依然として音楽も男性が創ったものしかほとんど聴かない
 
で、この、今聴いてるDIR EN GREYに関しては、ま、彼らがどういう人たちとか、男性としてどういう振舞いをしているとか、それは全然知りません
 
ただ、音楽としては、特にボーカルの京くんに関しては、前から書こうと思ってたんだけど、彼はほんとに男性性と女性性の両方を表現できる人であって(本人に自覚があるかは判らない)、私にはそのへんの安心感がたいへんあります
 
性別を超越した歌い手、と言ってよいと思う
 
そしてそれはたいへんに頼もしい存在なのです
 
 
ただ、そうですね、それでも、どれほど「社会的に男性として育てられたときの洗脳」が強いものであるか、彼の歌詞でひとつ例がある
 
"Vinushka"で、
「女々しい思想に混ざり傷つける
そんな君が悲しすぎる」
というところがある
 
ま、「女々しい」は日本語として存在しちゃってるものなので、しょうがないと言えばしょうがないのかも知れない
 
しかし、えと、この曲は、原爆や戦争についての曲であり、さっき書いた歌詞のところは、戦後のリベラル思想、あるいは、日本は悪であった、としか言えない社会の空気、に対しての批判だと私はとらえています
 
で、私はこれを表現の面で批判しているのではなくて
 
彼ほど賢い人でも、この、ジェンダーの罠にははまるのだ、と思った、ということが言いたいのだけれども
(まあ賢さとジェンダー洗脳は関係ないかも知れないが)
 
私がこの歌詞を読んで思ったのは、
女々しい、そうか、しかしね、原爆や戦争といったものを引き起こしたのは何だろう?
戦争は男性性の権化ではないかな?
 
 
男性として生きるのもまたたいへんに難しいです
 
では今回こそ、さいなら
 
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by 6ssorelativo | 2011-12-22 23:57 |

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


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