2012年 01月 14日 ( 1 )

DIR EN GREYに対しては、私はただ、この世にこれ(彼らの音楽)を作ってくれていた人たちがいたことが嬉しい
 
それを知れたことが嬉しい
 
 
結局見性とは一度死ぬことだ
 
確かにあのときそれまでの私は一度終った
 
今の私の世界はDIR EN GREYの音楽でできている
自分はきっと消えた
 
 
ちょっと具体的な話になりますが
それまでもいいバンドだとは思ってたんだけど、言い知れぬ衝撃は、何度も書いてるが"Vinushka"という曲を知ったときに訪れた
 
これは2008年に出たアルバム「Uroboros」の曲です
しかもメインの曲
たとえばシングルになっていてその後も何度か演るとか
そういう曲だとも思えない
そうするにはあまりに意味がありすぎ重すぎる曲である
 
で、去年次のアルバムを出しているから
普通に考えれば2008年時点のそういう曲を再び聴けるというのはなかなかないことだっただろう
 
なのに約十日後には「Uroboros再来」ライヴだ
 
これはもともと、新作のミックスをしてくれた人(海外の人)に、「Uroboros」のミックスをやってもらったらどうなるんだろう、というふとした好奇心から発生した話で
 
で、やってもらうなら、ついでにそのときのツアーファイナルのDVDをブルーレイで出して、というように、「Uroboros再来」プロジェクトみたいなのに発展してったらしい
 
で、あのアルバムのライヴをもう一度演ろう、と薫さんが言い出したらしく
ま、むりやろうな、会場空いてへんやろな、と思ったら、大阪城ホールの日曜日がぽこっと空いてたというw
 
しかしそれはすなわち私が"Vinushka"を確実にライヴで聴ける、という意味でもある
 
つか私にとってはその意味しかないし、これはほんとにものすごいことだ
 
 
最近「都合のいいこと」ってのが続々と起ってて、ほんとびっくりします
で、この「Uroboros再来」はその最たるものかなと思う 
 
私の今の生は彼らの音で埋め尽される
いい意味で「自分がない」
もうほんとに彼らの音さえあればいい
 
しつこくてごめんなさい
しかしそういうことを感じるたびに書いておきたくなる
 
人生にはものすごいしかけが用意されている
私は去年の夏によく「私は幸せを選ぶ」と心のなかで唱えて寝ていたが
それはDIR EN GREYの音を連れてきた
 
さっき、こないだ「耳に入ると意味もなく泣く」と書いた"かすみ"を何度も聴いてて
自分の感じている強いものがどうしても言葉にできなかったのだが
だんだん、
 
薫さん、これが幸せってことなんだろうな
 

 
耳にすると、すでに死んだ自分の過去を優しく葬り、深刻さや重さや切実さのない、言ってみれば「無」みたいなもので「今」を埋めてくれる
 
私にとってのそういう曲を、この人は何曲作ったか
 
ごく最近まできちんと聴くタイミングが訪れなかったのが面白いくらいに
 
でも、明らかに、一度死ぬ、ということに際して用意されていた
 
一度死んだあとの私の意味のすべてを規定するためにこの出会いとタイミングが用意されていた
 
そういうふうにしか思えない
 
 
でもね、こうやって必死に書いてることも、しかし同時にどうでもいい
 
明日にはきっとこうやってアツく書いた気持ちも忘れている
で、また何日かして、強い感情を感じてここに何か書きにくるw
 
そしてこれは自分にも何度も言っておきたいことだが
明日
「DIRさん? まあねえ」
となっていてもいい
 
「物語」を忌避する
 
"かすみ"聴いてたら、あるいは↑で書いたようなこと考えてたら、危うくDIR EN GREYに関しても「物語」を設定しそうになる
 
でも、真実は、ただ、彼らの音楽と出会って、たいへん気に入って、最近いつも聴いている
 
それだけのこと
 
それだけが「私とDIR EN GREY」だ
 
 
というわけで結局長くなったが、最初に書いたことが今日強く思ったことなのでもう一度書いておきます
 
 
DIR EN GREYに対しては、私はただ、この世にこれ(彼らの音楽)を作ってくれていた人たちがいたことが嬉しい
 
それを知れたことが嬉しい
 
Now playing: DIR EN GREY/The Marrow of a Bone
 
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by 6ssorelativo | 2012-01-14 00:48 |

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


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