カテゴリ:2011ドイツ遠征( 4 )

行きの飛行機っすけど、最近の飛行機はたいがい個人用モニタがありますけど、私のはタッチパネルの反応が悪く、ドイツに着く3時間くらい前にはついには動かなくなりました
 
それまではジム・キャリーの映画ばっか観ていて、おかげでドイツに着いてから、及びその日のノイ・イーゼンブルクのMACHINE HEADライヴでは、男性の背中を見ると、全員、振り返ったらジム・キャリーの顔なのではないか、というへんな妄想にとりつかれていた
 
 
ノイ・イーゼンブルクは、フランクフルト空港から車で15分くらいのとこでせうか、ちっさな町ですた
 
ホテルは「Casa」という名前通りの、家族経営的なホテルでしたけど、広くてたいへんきれいで満足です
 
 
さて、飛行機が早く着いたおかげで4時半くらいにはホテルに入れた
ライヴは余裕があればほかのバンドも観ようとオモタが本音はマシヘしか興味がないので
(ってかDARKEST HOURが出ることをすっかり忘れていたあほです、ってかもう長丁場は辛いんだよ!)、
きっと出演も早くて9時くらいでそ、ってことでいそいそと風呂に入ったり洗濯をして、感動しておりました
(ライヴ前に風呂が入れたことと、旅先で洗濯をするのは初めてで自分の成長を感じたのでww)
 
で、それはいいのですが、その日から3日ぶんのチケットを出して、眺めていたら、ある衝撃が
 
翌日のミュンヘン公演の、会場名が違うじゃねえかw!
 
マシヘサイトに載ってたのと、チケに書いてあるのと、違います
 
ホテルから超絶遠かったらどうしょう……
とか
ミュンヘンはフランクフルトから電車で3時間半、正直辛いので、もう諦めるか、、、
など、ぐるぐるする
 
けれどもとりあえず7時くらいに部屋を出ると、3人連れくらいの若者がいて、どー見ても仲間ですw
思わず
「マシヘに行きますか?」
とか、帰りって遅いけど大丈夫かすら、とか訊く
 
町の中心ぽいところへ行くと、やっぱそれらしい人々がいっぱいいたw
あっちから見たらこっちは絶対に仲間に見えないだろうな、ってので逆にふふふふ、と思ったりする
 
それはともかくミュンヘンの会場を調べねばならんのでネカフェを探すも、見当らない
しかたなくまずごはん、と思って、まだまだヘタレておったので、アジア的気安さに甘えて中華料理屋に入る
 
で、人と言葉交すってほんと重要で、予想通り
「中国人?」
「日本人」
てな会話とか、
あと、客のおっちゃんのひとりと話したら、ユーゴスラビアからの移民で、英語はgood morning、thank youしか判らないよ、とか、
店員の(恐らく)アラブ系黒人の人が、ネカフェの場所を丁寧に教えてくれたりとか、
何だかこのお店での体験ってのが、まるで自分、あの夜だけあそこに住んでたような、そして、こ、ここでならおれやっていける、と思えたような、とっても印象に残っています
 
でネカフェで調べたらミュンヘンの会場、遠い遠いww
もともとホテルがへんな場所だったし
 
で、今考えると、何で
会場近くのホテルを取り直そう
という方面の結論に至らなかったのか判りませんが、明日はもうフランクフルト観光に切り換えよう、と
 
と書いていて今さらライヴを1本観なかったことに関して激しい後悔が出てきたが、ま、しょうがないべ
今回、旅行中も、帰国してからも、特に疲れてないんですけど、それは、ま、ミュンヘン(フランクフルトから遠い)を諦めたからかも知れません
 
で、フランクフルト中心街にホテルを取り直した……つもりの私
(後日後述)
 
このネカフェでも店主のおっちゃん(黒人)と
旅行の人?
え、ライヴ観るためにわざわざ来たの?
とか会話して、何か2年半前のウィーン~ローマとは違うなあ、と感じました
(あのときは何か知らんがほんといろんなことが怖くてしかたなくて警戒しまくっておったからかこういうちっちゃい会話、ってのがほとんどなかった)
 
 
あ、で、そだ、フランクフルト周辺は極寒の地でしたよorz
事前に知ってはいたので防寒はしてきたが、それでも足りない
 
ってところに、町を歩いていると、やっぱりいた、ライヴへ向う、半袖バンドT集団www
さすがwwwwwwwwww
 
 
ってな感じで、こないだ書いたライヴレポにつながります
MACHINE HEAD@Hugenottenhalle, Neu Isenburg, Germany@24/11
 
 
終ったのは11時半くらいです
 
外国の困るのは、ライヴ終るの遅いのに各種店が閉まるのは早い、ということです
 
私はどーしても水が買いたくて、道の先にトルコ系ダイナー的店を見つけたが、私と、私の前を歩いていたライヴ帰りの兄ちゃんがその店の入り口に向っているのに、ちょうど中から出てきた店の人は、ドアにかけてある札を「閉店」に裏返した
 
こーいうところが、「日本以外らしいwww」と思う
 
で、私ひとりならヘタレていただろうが、私の前にいた兄ちゃんがドアを押してみると開いたので入っていったw
開いたときの兄ちゃんの「っしゃ!」ってポーズが笑えました
 
で、私も便乗して入る
 
「水をください」
だけはドイツ語で言えます(ふっ。ととても胸を張る。)

で、前のイタリアでもそうだったけど、相手が旅行者とみてとっても、彼ら自身の言語のままで話す店員さんはちらほらいます
 
このときも相手が頑としてドイツ語で、こっちは値段言われても判らんし、小銭を並べて「これか!?」って感じで出してみたら、
「よし、よくやった!」
って感じのことを言われて、ワロタw
 
あと、どーでもいいが、この、トルコ系と思われる店員の兄ちゃんがカッコよすぎてびびった
(最近の私は開き直って面食い全開でお届けしてます)
 
 
てなわけでいい感じの初日ですた
(いやずっといい感じだったんですけど)
 
Now playing: MACHINE HEAD/Clenching the Fists of Dissent
 
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by 6ssorelativo | 2011-12-05 21:38 | 2011ドイツ遠征

ドイツ人が親切だった話

何を書こう
 
そういや今日は朝(昼)からずっと、
どーせ起きているときの出来事もまたすべて夢なのだとしたら、やっぱ見たい夢見てたいよなあ、
というようなことを思っていましたが
 
ただ、それにはコツがいる、ってのが現象界のたいへんめんどくさいとこであって……
って、現象界はめんどくさい、と思ってるからめんどくさくなるのかも知れないねw
 
 
何にせよ私はめんどくさいことが大嫌いだ
むりです、めんどくさいことをやるのはw

で、何がめんどくさいかって言うと、まあ、私がめんどくさいと感じることがめんどくさいことです
当り前だが
 
たぶん、やっても楽しくないだろうな、ってことはめんどくさいこと、かな?
たとえばいまだ料理をはじめとする家事全般は、はっきり言って楽しくない
 
ほんとは楽しいんだろうけどね
結果が出るとか出ないとかに拘泥してもしなくても、たぶん楽しいはずなんだけど
結果が出ても出なくても何か楽しいと思えない
家事の過程そのものが嫌いなんだよね

(別に悩んでいるわけではありません、ただ思っていることを書いているだけ。)
 
 
さてそれはさておき、断片的に……ドイツの人はみんな親切でした
(いきなりドイツ遠征の話)
 
書いたことあるか忘れましたが、私が西洋の人が苦手な理由は、こっちが何か言おうとしていると、顔をしかめるのです
ほんと、この確率は高かった(かつては)
びっくりするほどみんな、私と話すと一度はそういう顔をするのです
(妄想ではない)
 
で、西洋人のあの表情は、
判りにくいことを言っている相手のことを理解しようとする、
という意味なのだというのも判るのだけれども、
いちいちあの顔をされると、やっぱ怖くなる
 
あ、でもさすがに、好きなバンドの人たちはそんなことなかったな
やっぱこっちはファンなので彼らも最初から優しい気持ちであろうとするのでしょう!
 
それはともかく、2009年のウィーン~ローマ遠征でも「顔しかめられ率」が高くて参っていました、ほんとはね
 
で、ドイツ
ってか、ドイツに行くころには、自分でもうはっきりと判っていたので
「自分が」、相手のそういう表情を望んでいたのです
これはすべてにおいてそうですが
 
(ただこういう「すべては自分が呼んでいる」系の話は、犯罪被害などには当てはめる必要はありません。犯罪被害に関しては、別の取り組みかたがあると思う、でも専門家でないので軽々しくは書けない。でも、ともかく、犯罪被害に関しては、「すべて自分が起している」みたいな考えは当てはめる必要はなく、むしろ、「こんな目に遭うような人間じゃねえよ自分は!」という強い反発のほうが重要だと思っている。)
 
話それましたが、ともかく、結局は、自分のほうが、相手のことを怖いと思っていて、どーせこんなアジア人の言うことなんて耳傾けてくれないよなと思っていて、そうやって心が逃げているので私の口から出てくる発話も今いちはっきりしなくて、相手がイラっとくるんだろう、と
いうことが判っていたので、えい、もうそんな「現実」はいらないや、と
 
手放して、なるべくでかい声で、
「ともかく私はオレンジジュースが飲みたいのだ!(@飛行機)」
という気合を込め、「おれんじじゅーすぷりーず」と言ってみると、すごくふつーに物事が運んでいった
 
「何ですか?」
と訊き返されてもめげません
(この、訊き返される、というのも私は嫌いで怖かった。日本語でも。)
「私は、ウーロン茶が飲みたいのだ!(@飛行機)」
という気合を込めて、ともかく「うーろんちー、うーろんちー」と繰り返します
 
書いててあほみたいだけど
もうこういうところから、私は弱っちかったので
 
(こういう「子供か!」ってレベルの恐れってでも日本では案外普通のことかも? そのくらい不思議な社会です。でも今はもうそういうことに恨みは持っていないのね。何らかの必要があるからそういう状況になっているのだと思うのです。)
 
というわけでともかく、今回の遠征では、ドイツはまあたいがい英語が通じる、ということもあり、道行く人にばんばん乗り物の乗りかただとかスーパーはあるかとか訊きました
 
で、一度も顔をしかめられなかった!
(繰り返すがあほみたいな喜びだが私としてはもうそれこそ15年以上の西洋人と接してきてのトラウマだったので爽快である。)
 
話それますが、ドイツにおける英語の話ですが、今回、いちおー、誰にもの訊くのでも(ホテルなど以外)、
「英語で話してもいいですか?」
といちいち訊きました
それもよかったのかも
「英語はちょっと……」
と言われたら、めっちゃくちゃにドイツ語の単語を並べたり、英語の文章にドイツ語の単語(と言っても「水」と「ガス(炭酸)なし」だけだがwwww)を入れるなど、ドイツに歩み寄る努力をした
 
まあともかく、それまでの、
どうしようどうしよう、訊くの怖い
から
私はこれが訊きたいのだ!
に意識をシフトしたことで、西洋人があんまり怖くなくなりました
 
これでも英語が専門の人です!
ハレルヤ! ハレルヤ!
(意味なし)
 
おやすみなさい
 
Now playing: Tiziano Ferro/Giugno '84
 
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by 6ssorelativo | 2011-12-03 22:13 | 2011ドイツ遠征
さて、なかなか「書くぞ!」ってとこに突入できないんで
 
MACHINE HEAD@ドイツについてまず断片
 
 
結局3本鑑賞予定中、2本(Frankfurt近郊のNew Isenburg、及びStuttgart近郊のLudwigsburg)しか観なかったんだが
 
 
まあともかく結論は:パワーアップしてやがる!
 
特にデイヴ。
雷神だぜ、あれは
 
ま、雷神っつっても彼の性格を思い出せば、何てすっとぼけた雷神だ、って感じだがw
 
"Locust"のイントロのツーバスで、
「何だこのすげえ音wwww」
と衝撃受けて、以来、Neu Isenburgじゃデイヴのガン見時間がたぶん過去最長だったんでは。
 
自分のいたところはあんまいいポジションじゃなかったけど、でもまあデイヴは(ひな壇の上だから)それなりに見えたから
 
そのかわり珍しくロブをあまり見てないw@Neu Isenburg
(見えなかった、とも言えるが)
 
 
新曲はともかくギターの音がかっちょええですわ
 
びっくりしたのが"This is the End"のイントロのロブのトレモロね
 
この曲自体は実はすげえ好きかって言われるとまあ普通、なんだが、このトレモロは生で聴いたら音がともかくかっけえす
 
つか、なかなかライヴレポ的なものを書くのに突入できてない理由のひとつは、
あとに観たLudwigsburgのほうがさらによかったので、
そっちを先に書こうか、でも先に観たのはNeu Isenburgだから、とか、
時間軸で戸惑ってたんだw
 
けど今案外Neu Isenburgが思い出せてるから書いてしまおう
 
写真とかはいつかまとめてうpします
 
 
さて、Neu Isenburg
 
キャパは赤坂ブリッツよりちょい上くらいかな?
3000人ほどでは?
 
ネタバレは多少アリでいきます
まあ新曲は演らないわけないので新曲についてはさっきちらほら書きましたが、
古い曲に関しては1曲以外は言及しません
 
 
どーでもいいが前回海外でマシヘ観たときもドイツ語圏だったんだ
 
だから「かんぱい!」のかわりに「ぷろす!」と舌を巻いて言っていたよ、船長は
前回のNova Rockと同じく
 
舌を巻く時間が長いよ、そういう厨くさいところがいいよ@船長
 
 
ところでこれってちらっと書いたっけ、Neu Isenburgで聴くまで、10月から一度もマシヘを聴いていない
 
聴くのが怖かったってのもある
 
DIR EN GREYの登場で、それ以外の音楽がもう退屈に聞えるってことが、ええと、正直ありまして
 
マシヘもそうなってたら? ってね
 
だからまあ賭けだったよね
 
ライヴである意味のぶっつけ本番で聴いて、どう思うのか
 
 
ライヴの幕開けはまあ予想つくと思うんだが、
CDで聴いてたときもアルバムのなかで1番好きな曲のひとつだったってのもあって、
気づくと、うおー、さすがにマシヘの音楽が退屈なんてことは自分ねえんだな、
と思ってちょう嬉しかった
 
しかも、あほみたいですが、えと、曲名伏せるが、アルファベット4文字のあの曲(マシヘファンなら誰でも判っちまう、伏字になってませんがw)があるタイミングできたとき、
うおおおおそうだ、この曲があったんだ! と
 
思い切りこの曲の存在を忘れていたという
 
しかしだからこそもう中盤のギターのハモリでマジ泣きねw
 
いや、マジ泣き箇所はほかにもあったが
 
ともかく、忘れてるっていいな、と思ったりしてw
この曲ぅ~、この曲があったんだマシヘには~、うおおおお、すげえ、すげえよ!!!! と新たに感動できるという
 
 
この日よかった点は、ロブに対して特別すぎる思いってのがなかったことです
 
よかったのかよ! とつっこまれそうだがw、自分としてはこれはいいことだと思った
 
真ん中で歌ってる大好きなお兄さん、
昔ほんとに好きでたまらなくてほんとにこの人がいなかったらどうなってたかってときもあった、でももういい意味で忘れたよ!
っていう、ほんと嵐が去ったあとの晴れ渡った空に感じる「大好きなお兄さん」って感じで
 
この気持ちはまたLudwigsburgで変っていくのだけど
 
(この、Ludwigsburg後の気持ちの変化の整理をつけていて、ずっとここにちゃんとした文章が書けなかった、ってのがあった)
 
 
まあともかく、ライヴ中、うおー、ほんとに、マシヘの音楽がライヴが退屈なんてこと有り得ねえんだなと判ったことが嬉しくて
 
そしてまた、2年半前のNova Rockのときも書いたけど、
マシヘがいたら、もうそこは自分にとってはナチュラルな場なんだって、
これはもうNeu Isenburgでも最初から、
外国だとか周りでかい白人ばっかとかアウェイ感はステージに意識集中してる限りは感じねえんだ、
そら、正直、マシヘの人たちだって、私の苦手な西洋白人たちだけどw(うん、やっぱり苦手なんだよ! アダム以外は)、
でもステージの上にいてくれる限りは、ああ、この人らがあそこに立っている場は私の……居場所ってのとも違うんですが
 
何だろう、うまく言えんですが
 
うーん、マシヘの音楽があれば、かな?
 
マシヘの音楽があれば、そこはもう、そうだな、さっき書いた、ナチュラルな場なんだよ、自分にとって
 
 
それはともかく、ライヴ中、あるタイミングで"Who We are"が来て
 
私はCDで聴いていたときも、中盤のギターソロの、珍しくロブが先にソロ弾くところがあるじゃない、あのソロ聴くたびに涙ぐんでいてw
 
あと、後半での、子供コーラスに重ねるロブのハモリ、ひとりだけ違うメロディ歌うところ、特に
"We have nowhere else to go"
のメロディでもほぼ毎回泣いてたw
 
だから、Neu Isenburgでも、なかなかステージ見えなかったけど、
でも、この、
"This is who I am/We have nowhere else to go/Divided we will stand"
のところは、
神よ、Nova Rockのとき、"Seasons Wither"前になったら私の前のでかいオーストリア人たちを立ち去らせた神よ、今回もあのメロディを歌うロブの姿を私に見せたまへ、
と願うも、願い叶わず
 
しかしともかく耳には届くわけで
 
耳に届いたら、もう力抜けて、
ひょっとすると、そうだな、この日、ここで、
たとえばマシヘの音楽はまだ好きだと思えてよかったとかやっぱマシヘはいいなとか、
そういうレベルじゃない、奥のところの、マシヘへの自分の気持ちの真髄の箇所てか、
それがここで起動した
 
当り前ではあるが、それは消えてはいなかった
 
曲は進んでいくし、周りは盛り上がってるし、でも、私のなかではここで時間は止って、
何つーか、マシヘへの気持ちのほんとのところを思い出した事実とそれまでの自分の感覚をチューニングさせていたと言うのか、そんな感じで
 
 
あとは、"Darkness Within"の
"Music, it will set you free"
"Music my savior"
ではDIRさんとの出会いを思い出して
 
音楽ってすげえなと
 
ひたすらすげえなと
 
 
そんな感じで、あ、"Darkness Within"は最後に演奏したのではありませんよ、しかし、ライヴ終って、物販のとこ行ったら、この曲の
"We build Cathedrals to our pain,
Establish monuments to attain,
Freedom from all of the scars and the sins,
Lest we drown in the darkness within."
がプリントされているTシャツが売ってて
 
でもしばらく考えて、しかし買うには気持ちがあと一歩至らなかった
 
この歌詞が、
私とDIR EN GREY
って図式につながってたからだろうな。
私とMACHINE HEAD
って図式では見られなかったからなんだろうと思う。
買うに至らなかったのは。
 
 
そんなわけで11/24、Neu Isenburgのライヴの話は終り
 
 
Now playing: DIR EN GREY/Dum Spiro Spero
 
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by 6ssorelativo | 2011-12-01 23:55 | 2011ドイツ遠征

帰宅っての最初の文章

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えーと、何書こう
 
帰宅りました
 
とーぜん、んもう書くことには溢れている
 
性格が性格なんで、今日は外でたたかいたくねー(=ホテルにこもっていたい)と思うときもちょびっとあったし、「ひとに何かをしてもらう」ということに著しく慣れないため、そういうシチュエーションにおいて、自分が恐縮しまくらなければいけないような状況を作ってしまう、というパターンに相変らずなりはしたが、って何をごちゃごちゃ書いてんだ
 
 
ともかく、そう、今書くべきことはこれしかないじゃないか、MACHINE HEADはいつものように言葉で表現できないほど最高最高最高最高
 
 
いろいろ不安、ってか、いったい実際に観るまで自分がマシヘの音楽をどう思うか判らなかったが、
いやもう何つーんですか、今となってはこれまでよりもさらに……何つうんだろうなあ、
昨今はあんまり重い思いみたいなものから発する事柄には真実性が実はない、いや、ないわけじゃないんだが、重くないほうが光に近いと言うのか、うまく表現できんが、そういうふうに思ってはいるんだけど、
でもやっぱりマシヘに関してはどーしてもどーしても私の人生という単語は出さずにいられないし、
何だろうなあ、ライヴ観てて、あるいはロブの"Darkness Within"前のMC聞いてて思ったが、
彼らとファンが共有してるもののアツさっつうんですか、エネルギーの高さっつうんですか、
いや、最近、さっきも書いたが、laid backな感じなほうが真実に近いんだろうと思ってはいるんだけど、
でもやっぱ、何だろう、結局最終的には楽しきゃ何でもいいのかな、
楽しい、という要素が一番上にあるなら、その下にどれだけ深く重いものがあろうが、何の問題もないのかも知れない
(この段落ここまでほんとは一文だったが読みにくすぎるので改行したww)
 
しかも深く重いものってのは、結局は過去にしか存在できないものだと言うのか、
その過去をベースにある層として、そしてそれはたぶん、人間はたとえば記憶のなかでいつでもそういう層にアクセスできると思っているかも知れないが、実質はアクセスしている「と思っている」だけであって、
何つうんだ、ほんとーに真実アクセスできるものってのは、今ここにあるものしかない

 
その意味で、何つうんだろうなあ、その重さに現在が引っ張られることは実はない、という本当のことが判れば、
過去のそういう深く重いものというのは、否定することでもなく、私はむしろ輝かしいと感じている
 
 
つか、「歴史」ってのは、激しい言葉を使えば、くだらないものです
 
何の意味もないと思います
 
だからまた激しい言いかたをすれば、今回の遠征だって、歴史になった瞬間に(実質はもうなっているのだけど私の感覚ではまだなっていない「気がしている」)、それはやっぱり「過去」であって、さっき書いた、層で言えば、一番上にあるものではない
 
一番上にあるものってのは、常に、現時点にあるものしかなくて、そしてそれだけが本当は重要なのであって、しかし、かと言って、過去や歴史を否定するという意味でなく、浸りすぎないこと
 
特に私のような性格の場合は
 
 
「現時点」マシヘに対してどういう気持ちを持っているのか
 
それは毎瞬変るのだが、もし、歴史や過去ということにアクセスできている感じがしていて、そのうえで「現時点」で彼らに言葉では説明できない気持ちを感じるのだとすれば、それはこの世界において実質唯一存在しているもの、愛、というもののバリエーションである
 
 
 
ごめん、ほんとはふつーにライヴの感想の総括をしようと思ったのだが、イミフなことばかり書いてしまった
 
 
ともかく言葉で書くとすれば、そうだな、私はマシヘへの愛を確かめに行ったのだな
 
昨今の流れのなかで、自分がいったいどのように変っているのか不安だったが
 
この世は確かに幻でしかないのですが、しかし、そんな幻とか夢において、こんなことが、自分にとってのマシヘ、というようなこと、こんなことが存在するというのは、絶対に、この世が実際は美でしかない、言葉を超える歓喜でしかない、ということの証明だと感じる、と言うか、証明という言葉は嫌いだな、何だろう、ただもう、人生は絶対に必ず素晴らしい、こんな夢を紡ぐ、この、「在るもの」、あるいは「世界」、あるいは「神」は絶対に言葉で表現できないレベルで素晴らしい
 
 
神って言葉はあまりに人間の思考の手垢がつきすぎて使うのが難しいが
 
私もあなたも何ものでもなくしかし同時にすべてであり世界であり存在するすべてであり、つまりは、誰もが誰もである
 
 
そういうなかで、「個」がある、ということになっていて、たとえば「すべて」である「神」がロブ・フリンになってみたりデイヴ・マクレインになってみたり、そして私になってみたりあなたになってみたり、あるいはドイツのマシヘファンのみなさんになってみたりして、こういう、人間が感知できる「物語」みたいなものをこういうレベルのアツさで創造しているというのは、ほんとにおもしれーです
 
私もあなたもロブでしかないのに
 
ロブは私やあなたでしかないのに
 
別の「個」ということになっていて
 
たとえばアダムにしたってフィルにしたって、彼らの心の内は私たちには覗けないことになっているが
 
そういう「分離感」さえもすべて包括して、「世界」が在る
 
 
明日以降はもっと普通のライヴレポや旅行記を書きますw
写真は11/26のArena Ludwigsburgでの模様(シュトゥットゥガルト近郊の町の会場)
 
 
Now playing: MACHINE HEAD/Crashing Around You (Live)
 
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by 6ssorelativo | 2011-11-28 22:09 | 2011ドイツ遠征

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


by 6ssorelativo