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ほざき。

けっこうわたす、金曜の夜に意気揚々とブログ書いたりとかするんだよね。
 
ってか、ほんとはmixiにフカーツしてるのだが、最初に数人にマイミク申請して、その後理由もなく申請しないままになってしまった人が多く(ほんとに理由はなく、何度も申請しようと思ったがそのままになっているだけ)、今さらどう声かけよう、となっていたりする。
 
のでそのうちいきなり申請がいくかも知れませんので、その際はよろしくお願いします。
 
 
で、そう、金曜の夜の話だ。
けっこう意気揚々とブログやmixi日記書きますが、世間ってちゃんと金曜ってネットやってないんだな、とか思ったりすることも多く。
(金曜夜は日記をうpしてもたいがい反応が遅い。というところから予測しているw)
 
まあ、ただの予測なんで、精度はないです。
わたすが
「金曜はみんなネットやってないのかな!」
と思っているだけです。
 
し、あ、ってか、そう、おかげさまでFacebookにアカ作れたのだが、全然判らないので、精進します。
 
 
あとは、なんだ、もう、よくなってもよくならなくてもよくね?
とか思いながら今朝は起床して、おかんの作ってくれたポテトサラダをおいしくいただきました。
 
仕事して寝よう。
 
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by 6ssorelativo | 2012-08-31 22:16
てきとーにほざいて寝よう。
 
DIR EN GREYって最高ですよね。
もう毎日これ言ってるよね。
 
あと、先日やっと、ほんとに満を持して、わしのDIRさん(薫さん)ファン師匠の日記がフッカツして興奮しまくった!!
 
けどねえ、、、
まあ、あれだ、先日のニコ生24時間とか、ほんっといろいろネタはあるんだけど、私もなかなか日記書けないよね、けどさ、その、先日のニコ生24時間においてさ、数年前から師匠が待ち望んださ、薫さんによる
「激しさとこの胸の中で絡みつく灼熱の闇」
紹介、そして、期待通り、あまりに期待通りな、薫さんって何でここまでファンを裏切らないんだ、どこまで癒しを提供するんだ、というタイトル噛み、すなわち
「DIR EN GREYで、激しさとこの胸んklp」
というような噛み、これを、千載一遇の、師匠が待ち望んだ噛みを、どうやら師匠、観てなかったらしく!!!
 
って私師匠を信奉しすぎててキモいですよね、まあともかく、ちょっとうちひしがれたよね、師匠があれ観てなかったって知ったときはね。
 
 
まあとりあえず夕食まだなんですよね、でももう寝ます、おやすみなさい。
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by 6ssorelativo | 2012-08-27 22:21 | 音楽

Facebookって

どうすればいいのかすら?
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by 6ssorelativo | 2012-08-26 00:02

DIR EN GREY……パねえぜ

今日は、ついったで、京くんボットによる以下のツイートを読んで、もう悶えに悶えに悶えまくった。
 
こっそりと薫くんに「広島焼きないの?」と聞くと彼ははずかしそうに「それは広島で食べるお好み焼きはみんな広島焼きなんやで」といい、僕は、またやってもうた!と思いながら、下を向き静かにねぎ焼きを食べました。

 
京くん、ファン殺しすぎちゃうの?
しかも薫さんの「はずかしそうに」ってのもまたもう悶えポイント。
 
DIR EN GREYは私を悶え殺す気だ。
まじで。
彼らは本気だ。
 
その音楽だけでなく、周辺事項でもまたこの心焦がす……DIR EN GREY、パねえぜ。
 
これ以上あほなこと言わないうちに風呂入るぜ。
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by 6ssorelativo | 2012-08-21 22:26 | 音楽
↓にさっきひとつ予告記事みたいなの書いたけど、やっぱもう「落ち着いた」感じについて書いちゃう。
 
 
本文。
 
ちょっと前、会社の人が、女性の願いをひとつだけ叶えてくれる、というので最近有名らしい三重の石神さん(神明神社)という神さまのところに行ってきた、とおみやげをくれた。
 
で、そっから何週間か気になってて、この盆休みにさっそく行ってきた。
 
願いごとは、私はぱーぱーなので書いちゃうけど、
「そろそろ生きかたを定めさせてくれいw」
というものだったw
 
何かどっか、自分で定まらんのよね。
で、どっちかってえと、たとえば結婚してある種の自由(好きに海外行くとか)を捨てるか、あるいはこのまま独り身でいくか(そして最後は仲間たちで暮すという夢がある)、みたいな、二者択一の選択を考えていて。
 
けど、おとといくらいに、あれえ、さっそく願い叶ったじゃん、というような発見が自分のなかであって。
 
何か私の一番深いところ(?)の願いって、すっごく単純に、
「ひととつながりたい」
ってことらしい、と。
 
それが基軸だとしたら、結婚するとかしないとかじゃなく、自分がどういうふうにひとと関わっていきたいか、が基本であって、それさえ満たされたら、結婚するしないも、まず自分の基軸がしっかりしたうえでの、自由な選択ではないか、と。
 
だから、二者択一的に、結婚するか否か、みたいな問いかけをしたけど、答えは全然違う第三の選択で。
 
 
で、今日、この神社を教えてくれた会社の人に、願いが叶ったような、という話をしたらえらく喜んでくれて、また別の、
「この神社の画像を待ち受けにしてるといいらしい」
というやはり三重の椿神社というところの画像を送ってくれたw
 
私としては、自分の生の基軸が見つかったような気がする、というのも嬉しかったが、会社の人が画像を送ってくれたのが嬉しかったw
今まで10年以上同僚やってるのに、互いにケータイのアドレスとか知らなかったけど、これを機にちょっと近くなった気がして。
(ほらほら、このへんが、私の「ひととつながりたい」という本質に沿った感じ取りかたなのだと思う。)
 
かと言って、これから「もっと親しくなりましょう」とむりやり持ち込んでいくのでもなくて、ケータイでのやりとりは別に今回の画像だけでもいいし。
 
何か、色んな人とのゆる~い感じのつながりを、ちょっとずつ楽しめるようになりたい。
 
おやすみ。
 
追記
男性の願いを叶えてくれる、という神社もきっとあると思う。
まあふつーに性別関係ない神さまにお願いすればいいのだろうけどw
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by 6ssorelativo | 2012-08-20 23:07 | 前へ進むということ

テーマなし

いやあ、眠いねえ。
 
にしてもDIRさん関連が目まぐるしくて、全然ここで書けてねえ。
 
けど、すべての行事をフルで楽しんでいますよw!
 
今日もまた
DIRさんDIRさんありがとう
と唱えながら寝よう。
(いや別に毎日唱えてないけど。心のなかではそんな気持ちでいっぱいだけどね。)
 
 
とは言え、まあ、ありがとう、というのはDIRさんばっかじゃなくて、全方向的にだよね。
 
もうちょっと落ち着いて、もし今の感じが変ってなかったら、また何か書きます。
(あ、休止する、という意味でなく、今感じてる感じについて書くか否か、ということね。)
 
苦しい

何か発見する

euphoria

また苦しみが始まる
 
のループを、ちと続けすぎて(いや、人生なんてそんなもんだが)、いったい何がどうなんですかというのがとっちらかっているのでw、もうちょっと落ち着いたら、ね。
 
寝よう。
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by 6ssorelativo | 2012-08-20 22:43 | 前へ進むということ

あ、そうだ

キャシーさんの名誉のために書いておくけど、ACRってのは、先日書いたときに体が勝手に動いたとか、いろいろ書いたけど、それは私のような者だけの話であって、通常は通常のセッションです。
 
筋肉の反射を使い、潜在意識から直接答えを取りましょうね、ということで、verbalなやりとりもかなりありますので。

先日書いたあやしさ全開の内容は、ほんと私のような、何だろ、反応が体に大変出やすい、ってか、あまりに長年深いものを閉じ込め続けて体で表現するとかいっさいしてこなかったツケが今きていると言うか、そういう人だけのものであって。
 
というわけで。
 
Now playing: DIR EN GREY/UROBOROS-with the proof in the name of living...-AT NIPPON BUDOKAN
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by 6ssorelativo | 2012-08-09 00:14
何があってもなくても同じことを淡々と続ける。
 
 
書きたいことは溢れている。
日々頭に電灯灯る変化がある、埋葬していた自分が蘇生する、自分はほんとは生きていたのだと喚く声はやっと耳に届き、あ、いや、こういう表現はやめておこうか。
 
 
あのね、書いたか忘れましたが、私は生きてこなかった。
あるいは人間ではなかった。
いや、これらふたつは別の事柄ですが。
 
いずれにせよ、私の命は空っぽだったので、そこに音楽を配置して、代りに生きてもらった。
だから音楽は私のすべてだった。
 
DIR EN GREYが違ったのは、彼らは、彼らの音楽は、私の命の代りをやっているのではない、ということだ。
 
私と、DIR EN GREY。
私は、私自身の意志でもって、彼らの音楽を聴いていたい。
私の命の代り、ではなく。
私は私で、在る。
 
 
最近の怒涛の流れで、昨日は生れて初めて過呼吸というのになりました。
 
と打っていると、いっぱい打ち間違いをする、何らかの発作みたいなのがあると、左手がうまく動かなくなる。
 
明らかに何かが起っている。
しかしそれは、最初に書いた、埋葬していた自分の蘇生である。
 
 
不謹慎承知で書くが、私は病名のつく何かを発症した人が羨ましかった、またその話かと言われそうだし、まあ前のブログにしか書いてないけど(いつかここでも書くかな、誰かの役には立つだろう)、私は30年喚く自分を強制的に埋葬して、生きていることにしてきた、そのあいだ、数々の小さな体調の不調はあったが、大きく、心が悲鳴をあげているのだという確証になるような病気にはならなかった、しかし今、私はやっと許可を出したのだ!
 
私の「症状」は、仮病ではない。
私は私が苦しんでいたことを許してこなかった。
認めてこなかった。 
 
しかし今、私はやっと苦しみをひとに判るかたちで表現する許可を出したのだ!
 
 
何のことやらさっぱり、って感じになってしまい、申し訳ない。
特に去年10月からの流れは、きちんと書いていないから。
たまに事件が起こるとわっと書いて。
 
いつかsystematicに書けたらいいなと思ってます。
 
いずれにせよ、私は私が苦しんできたことを認めて、そして自分で自分を何とかするのだ。
 
もう「遠い誰か」の手を借りずに。
いや、あれはもちろん、最初のステップとして最善の方法だったし、あのプロセスは必要だった。
(MACHINE HEADのロブのことね。)
 
今はDIR EN GREYの音楽があって、瞑想があって、親友があって、仲間があって、そして、ずっと探してきた人はやっと現実に現れてくれた。
 
さて、ほんとにキーボード打ちにくいので、ちょっと休みます。
 
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by 6ssorelativo | 2012-08-07 22:17 | 前へ進むということ
人間のパーツを、
体、
魂(よく判らないけど)、
お腹(本能?)、
ハート、
マインド(思考)、
という感じで分けるとすると、正直さにおいては何に軍配があがるかって、やっぱ体だな。
 
体に任しときゃいい、って最近思う。
 
つか、上記分けたものは、マインド以外はすべて本来有機的につながっているはずなので
(そのつながりを分断するのがマインドなのでマインドだけ別に分けるのだけども)、
体ですべてみる、って言っても、
それはハートの表れだったり。
お腹(本能?)の表れだったり。
そういうのを止めるのが思考なので。
 
 
体がほんとに勝手に動いてくれるんですよ、
というのを、前も書いているけど、
たとえばDIR EN GREYの音楽を聴いてだったり瞑想を始めてだったり、
そういう経緯で経験して、自分(マインド)では自覚できないとこで、何か、自分のいろんなとこがつながろうとしている、という、何か別個の生き物の意思のような。
マインド以外のものに対して、そういうふうに感じました。
 

で、前回のACRのクラスのとき、フェルトセンス、特定のことを考えたときに体にどういう感覚があるか、または何を思い浮かべるか、というところにフォーカスする、というのを集中してやったんだけども、そのクラスの最後で、その、フェルトセンスに集中すると、体が勝手に動くという、自分としては、瞑想中に起ることと同じで、
ああ、体が勝手に修正してくれてるな、
と思いました。
 
瞑想でなくても体が勝手に動く、というのは、
今年の春くらいに、筋反射は自分では取れないけれども、
何か、すごく単調な作業に入り込んで、同時に思考を泳がせると、
ちょっと潜在意識にアクセスするセッション中に浮ぶようなことと近いものが浮ぶようになって、
そのときも、体が勝手に動いて自動的に何かを修正して、
ぱっと、頭に何らかの結論が出て、で体の動きは止って力が抜ける、
というような。
 
そういうことがあったので、ACRセッションにおいて体が勝手に動く、というのも、自分としては珍しいことでもなく。
 
 
で、いろいろあって、今はひとりセッションをできることになったわけで、7/30はとってもこの体が勝手に動く、ということが起って。
 
もう、(体に)任せようかなあ、
ってのが、自分としてはいいなあと。
 
ホットシートっていう、相手になりきって話をする、
で、それを聞いて自分はどう思うのか語る、みたいな、
「一度相手になってみる」という体験をする(潜在意識の)修正?があるのですが、
(そうすることで、それまでの、「相手はこう思ってたはず」という自分の思い込みが取れやすくなる)、7/30はこれを、
「自分対自分でやろうぜ」
ということになり。
 
その前から、自分のなかで、
たとえば左右脳の統合だとか、
対立する意見のない状態だとか、
対立する意見がなければニュートラルにその瞬間瞬間にふさわしい解決策にいけるわけで、
でもかと言って自分のなかの何かを「いけない」と抑えこむのでもなく、
という、何でもあり、でありながらもその瞬間瞬間には統合されているという、
そういう方向への模索みたいなものもあって。
 
あともういっこ、大きなものとしてあったのは、先日紹介したキャシーさんの記事でした。
これまでも何度も書いてるけど、確かに私は不幸癖(被害者でいたい病)がある。
 
で、それが心底、やっぱり甘えであって、と言うか、
自分にはどうにもできないと思ってるわけ。
過去の、何らかの出来事にしたって、
私はどうにもできないので周りの人、環境、お願いします、
みたいな。
 
高校のとき、担任にも男友達にも
「他力本願だ」
と言われたことがあり、当時は「うるせえ」と思ったのですが。
 
でも、自分でも、自分て逃げの人だよなあ、と思ってはいたり。
前々回のクラスのとき、キャシーさんに
「とりあえず逃げる傾向がある」
と言われて、「あ、やっぱしい?」と思ったしw
前回のクラスのときは、隠さなければならない自分、という話になって、一生懸命、だめだったりする自分を隠そうとしてる、ということもまた教えてもらって。
 
そういう諸々の流れのなかで、ひとつの事件はやっぱさっき書いた、先日紹介したキャシーさんの記事だった。
 
 
あれを読むちょっと前に、ヒロシくんに大変お世話になったのですが、それでもなお、どうも彼と幸せになろうとか思ってない自分、というのに気づいて。
 
それはびっくりしたものでした。
相手は幸せになろう、と一生懸命なのに、私は、ほんとに、あの人とどうしたいのか、と思ったら、
結局、過去の、癒されてないところを癒してほしくて、
つまり、悲しみや痛みでつながりたいと思っていて、
自分でさすがに
「こりゃ餓鬼だな」、
と。
 
でも、こないだも引用したここ↓を読んで、改心した。
 
相談者さん、ましてやあなたは、彼が
暖かく支えてくれているではありませんか?

彼が愛してくれているかどうかを気にしていますが
あなたは彼を愛していますか
彼に何かをしていますか
幸せを与えていますか
笑顔はどうでしょうか
何か喜びの中で彼にしていることがありますか

ご自身が楽しいからしてあげたいから
してあげること、これがどれほどパワフルか、少し
やってみてください。悲しむのではなく
彼に何か喜びを分かち合いたいことはありますか

今日は一緒に楽しいテレビを見て笑うことはできますか?
今日は何か食事で作ってみたいものはありますか?
彼に何かできることはありますか?

いいえ、たとえ何もできなくてもいいんです。
ただただ、幸せな自分になろうかなあ
なってもいいんじゃないかなあ、そこから
はじめてみてください。

 
気づいたら、
悲しくなる、
切なくなる、
不安になる、
自分の言動をずっと考えて
「あれはもっとこういう理由がある」
とか誤解を解こうとこだわる、
あるいはヒロシくんの欠点について、ずっと考える、
ここがこうなってくれたらいいのにと思い続ける、
これらが、私が彼との関係で(私の脳内で)入り込んでいたループであって、で、それらが全部、
「相手が何とかしてくれたら何とかなる」
という態度に基づくもの、
私には力がないので何とかしてくださいという態度、
であったわけです。
 
小さなことでも、何かを決めたら、必ずその決定のconsequenceの責任は発生するわけだけども、
その責任を負いたくないので、
何においてもどういう決定もしなくて、
すべて流れで、
いや、ほんとに流れに任せるのはいいことなのですが、
そうでなく、自分の決定は常に保留にしといて、
相手がこうしてくれたからこうする、
相手がこうしたからぐらぐら不安定になる、
それはまあ、私の今までの人生において一貫した態度でした。
 
でも、悲しみを感じる傾向が強い、というのとか、
ああ、全部、自分で自分には何ともする力がないと信じてるからか。
と(心底)判ってから。
 
また、私は口でどんなに
「幸せになりたい」
と言っていても、このほど、ヒロシくんとの関係で何を求めてるのかな、と考えたときに、↑で書いたように、悲しみ、痛みの再生、という答えが出て、私ってほんっとに幸せになんかなろうとしてなかったのだな、と。
ほんとに判ったのですが。
 
で、だから、↑で引用した、
 
ただただ、幸せな自分になろうかなあ
なってもいいんじゃないかなあ、そこから
はじめてみてください。
 
 
ほんとに、こういう段階なんだよね。
 
でも、これに気づいたら、
そして、不幸癖は、自分に力がない、と思っているのと同じだ、という概念が強固に私のなかで知識として存在するようになったこと、
そしてまた、何かで悲しみとかに入り込みそうになったとき、
いや、それがどういう理由であろうと、悲しみに入り込むのは、
「あなた何とかしてよ」
ということであり、そこで、
いや、フォーカスすべきはそこちゃうやろと、
ほんっとに、ヒロシくんに何ができるのかと考えたら、この、不幸癖をやめて、幸せな自分でいること、だと。
 
これって結局「決意」なんだね。
きっとものすごく大変だろう。
でも、焦点を、これまで何らかの過去の感情の癖から入り込んでたところから、相手の人に何ができるだろう、にシフトする。
 
コツはつかんだ。
 
自分の心あるいはマインドが何をしようとしてるか、常にみてる。
入り込もうとしてるな、とか、
いや、一時期は入り込んでもいい、癖だから、でも、気づくこと、
あ、入り込んでるな、
と気づく、
じゃあそこでどうするんだっけ、焦点はどこに合せるんだっけ。
 
 
挿入長くなったが、「自分対自分のホットシート」の話にいく。
 
面白かったのは、マインドの自分、ってのじゃない自分、を設定して、それが、それまで自分が座ってた椅子の対面(といめん)にいる、ということで、そこに立ってみたら、体が勝手に後ずさって、隣の部屋に行って、自分が座ってた椅子を見ようとしないというwww
 
でも、そのうち、駄々っ子みたいに腕をぶんぶんしだして、胴体も動きだして、そうすっと、自分が座ってた椅子を、ちら、ちら、と見出して、何か言い出すわけですw
 
そうやって、ほんとに子供みたいに、腕をぶんぶんしたり左右に体をふるふるしたりしながら、ずっと、
「だってさ、だってさ。私が一番いい方法を考えてあげてるのにさ。みんな待ってくれなくてさ」
とか言ってるw
 
で、そんな駄々っ子な自分に対して、もともと椅子に座ってた自分は、
「ああ~もうううっとうしい。もう考えんでいいて。あんたがのろまだもんでみんないなくなるんだて」
といらいらしてひたすら怒っているw
 
自分、ってのはこれら以外にもいっぱいいると思うのですが、
それらが、互いを全然見てなくて、
何かあると責任をほかの自分に押しつけようとしていて、
統合どころではない、というのがよく判ったww
 
けど、その直後、体がまた勝手に動いて、左右の手の平を合せて、インドの踊りのようなことをしだしたw
何分か踊っているうち、あ、左右脳の統合をやっているな、と気づきました。
(左右脳の統合は左右の指二本ずつを使って確かめることができますが、詳細は割愛。まあ、それの、手の平バージョンだな、と思った。)
ちらっと手をみると、ほんとにきれいに手の指までびしっと左右合わさっており、
おお~何か判らんけど体が勝手に統合を試みてるな、
と。
 
で、また勝手に手の平が離れて、踊り終り。
 
その後、何か知らんが口が英語しか話さん、という状態になっていて、英語でしばらく思考を泳がせていました。
(これも体が勝手に動く、と同じジャンルのことだと感じた。ほんとの英語話者とは違うと思うけど、私の脳でも、日本語話してるときと英語話してるときでは違うところが働いていて、そこの部分を働かせたい、と体が思っていたんだろう。)
 
で、その結論が、7/30に書いた記事ですた。
 
英語でずうっとヒロシくんとの関係について話していたら、
「相手が何でこうなんだろう」
ということが、全部、
「自分がそういう人をやっぱり望んでたから」
というのも判ってきて、
で、そのうち、いきなり、目のなかで、自分に関する要素がすべてきれいに同列に同じ光が当ってる状態で、並んだ感覚がきた。
 
このセッションをやる前に、ヒロシくんと電話していて、ちょっと恥ずかしいな、という話になって(くだらないのだが、冷凍のうどんを、具も何もなしで食べた、と言ったら、「栄養が取れない」とつっこまれ、いたたまれなくなったwww)。
 
けど、そういう、だめな、特に、これは私が勝手に色づけしている、「女性として」(特に日本では)だめそうなところを、彼に見せるのがいたたまれなくて、
しかし、その、だめえな自分が、
時に、お菓子で食事を済ませてしまったりまでしてしまうだめえな自分が、
そこに、ふつーに在って、
あれ、たとえば今、ずっと英語で話していて、それは、私はバイリンガルではないので、ちょっとすごいことかも知れませんが、
でも、そういうのと、
冷凍のうどんを麺だけで食う、
あるいはせんべいを夕食にする自分が、
同列に並んで、
あれええええ、これってぜええんぶ自分じゃん、同等に、同列に、ただ、自分なんじゃん!
と。
 
頭では、ずうっと、
自分が完璧主義であり、
カッコつけであり、
ということを知っていて、がんばって
「だめな自分でもいいじゃん」
と言ってみるのだけど内面では全然そういうとこにいってなくて、いやしかしほんと、何だろ、この、
「頭だけで判ってる状態」

「ほんとに心が納得した状態」
の違い。
 
違う!
違うったら違う!
 
 
ちょっと、ここまでに至る要素の、たぶん数分の一しか書いてないので、変化のほんとの姿、は全然想像できないと思うのだが、まあ、こんなこともあったよ、ってことで。
 
 
7/30に書いた記事は、まさに、
「今この瞬間に悟ればいいじゃない」
って話。
 
こういう自分になったら、
あれを身につけたら、
これを乗り越えたら、
じゃなしに、
「今!」
 
「だめ」なことは何ひとつ「ほんとにだめ」なことでも「悟りから自分を妨げているもの」でもない。
 
あーだこーだあーだこーだ自分にダメ出しし続けるマインドさえも一緒に、
「今!」
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by 6ssorelativo | 2012-08-02 22:41 | 前へ進むということ

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


by 6ssorelativo