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BUCK-TICKへすを初日だけ行きましたお。
 
二日目にでぃるあんぐれいとかいうよく知らないバンドの安藤大(まさる)さんとかいう人が瀧川一郎さんと共演してデレデレ(してたかは知らない)とかいう噂を聞きましたが、あくまでもでぃるあんぐれいなんかよく知りませんから!
 
(出たのが薫さんだったらたぶん発狂していた。)
 
まあ気を取り直して、初日だって最高だったんだぞ☆
B-Tしか観てないけど!
 
"Galaxy"が不意にきて、心の何かと共鳴して泣いてしまった。
ここ数年のB-Tは、こういう現象を起す曲がいくつかあって、ただそれだけでもやっぱすげえなあと思う。
 
ってか前回も思ったが、ひとつのバンドでへすとかやってしまうとかw
普段茶化してばっかだからすごさに言及しませんが、ふつーにすごいのだ。
 
何か細かいことは忘れたけど、最後が"夢見る宇宙"だったのがまた最高だったね。
 
曲が終って今井大明神がステージに残ってうぃーんとやっているなか、遠征組は早く帰らないといけないので歩き出したけど、歩き出したその先真正面に、花火が。
これがまた最高だったんだよ。
すげえなあ、すげえなあ、と思って。
 
 
翌日、何だか、このへすのためにわざわざ千葉まで行った自分が何だか愛おしくて、また泣いたりしていました。
 
 
あ、思い出した、B-T開演前、これまでの歴史ダイジェストを流していたけど、前回のへすのときのほっかむりで会場全体が笑った件について、どう思ったのか当人に訊いてみたいです。
ふつーに出てきてふつーにパフォーマンスしていましたが。
まあ笑われるくらい何てことないですよね、きっと。
 
ってかよ、今回、アンコールのときその当人が髪型を変えてきたが、久々に
「敦子ってほんときれいだな」
と思わせてくれたわい。
 
まあだから衣装で笑われるくらいどってことないですよね!
 
おわり。
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by 6ssorelativo | 2012-09-25 21:42 | 音楽

BUCK-TICKへす

行かなかった今日ダイさん出たってどんな罰ゲームwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
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by 6ssorelativo | 2012-09-23 20:46 | 音楽

Act of God

うまく書けるか判らないけど。
 
私が探しているものは、探してきたものは、ほとんど満身創痍になって探してきたものは、
 
ない。
 
ない、ない、ない。
 
探してたものは、存在しない。
 
あるとすれば内側だが、今はそれは重要じゃなくて。
 
自分がいかに「外を」探してきたか、ということだ。
 
外部には、他人との関係性(一部の同性との関係性を除く)には、ない。
 
私はないものを探していた。 
 
 
そう、ないものを探していた。
 
そうなんだけれど。
 
そうなんだけれど、たとえば今、私は昨日の続きでFEAR FACTORYを聴いて癒されてる。
今この瞬間にはこの音がどうしても要る。
ある種の癒しのために、要る。
 
今この音はこの部屋において私のために存在している、今、これだけこれを必要とする状態で、いったい「自分以外の誰がこれを存在させただろう?」
 
いや、これは説明できるようには書けないだろう。
 
この音楽は、FFの人たちが創った、創った、そうなんだけれど、それは、何のためだ、誰のためだ、今この瞬間においてこの音楽をこんなに必要とする「私」以外が、これを創ったなんてはずがない、「これを創ったのは私だ」、誤解を避けるならば、「これを創ったのは他人としての神だ、そしてすべての人が神ならば、これを創った神はすなわち私でもあるのだ」。
 
他人の手柄を取るな、って言いたくなるだろうけど、そうじゃないんだ、いよいよほんとにおかしくなったと思うだろうが、そうじゃないんだ、この世界は、ほんとに、世界は、神そのものなのだ、神しかここには存在しないのだ、すべてが神なのだ、だから、あなたが今必要とする音楽なり物語なり絵なり何なり、「すべて神があなたのために、今のあなたのために用意してくれていたものだ、今、あなたが、こんなに寂しくて心細くてその音楽や本やドラマがなければ立ってられない、そんな今のあなたが、今唯一頼りにできるために、神が用意してくれていたものなのだ」。
 
 
これ、通じないだろうなあ!!
 
ああ、でも、ほんとなんだよ。
 
神が、全部用意してくれてるんだよ、あなたのために。
あなたの心を、寂しさを癒すために、神があらゆるものをこの世界に用意してくれるんだ。
 
ああ、ああ、通じないだろうなあ、もどかしい。
 
 
↑を悟ったときに聴いてたのは"Act of God"って曲。
ほんとに、まんま、これはact of godなんだ、とほんとに思った。
 
風呂入るわ。
 
FEAR FACTORY/Archetype
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by 6ssorelativo | 2012-09-20 21:43 |
ネタバレしまくりのFEAR FACTORYライヴのかんそー。
 
Mixiで「のけぞった」とつぶやいたんだが、何にのけぞったって、「Obsolete」率の高さにww
 
わし4、5枚しか聴いてないんだが、実を言うと「Archetype」が一番好きで、ついでに、バンドの紆余曲折もあまり知らんかったので、ベルさんが
"Welcome back, Dino!"
とか言ってたことで彼が一時期いなかったことをおぼろげながらに思い出した。
 
ってことは、「Archetype」ってカザレスさんがいなかったときでわ、ってことは、なかったことにされるんだろうな……と思ってたら実際になかったことにされていた。
 
 
まあそれはいいんですけど(残念だが)、最初の曲は判らんかったけど、次から"Shock"、"Edgecrusher"とかww
その後も「Obsolete」タイムがけっこうww
 
「Obsolete」は、発売当時(1998年)はよさが判らんかったんだが、2004年「Archetype」を、某紙でレビューを書くことになりガチで聴かなければならんことになり、しかしとてもいいアルバムだったため、ってか、歌メロが冴えてんだよ、このアルバム、で、FF再評価、みたいな感じが、「Archetype」発売当時の2004年に一度訪れて、その後、いつくらいだ、2009年くらいだろうか、なぜか知らんが「Obsolete」っていいじゃないの、ってことで、ちょくちょく聴くようになったんだ。
 
ので、「Obsolete」だけはよく知っておるので、今日はまあラッキーっちゃあラッキーだったわな。
 
 
と、全然ライヴの感想になってないんですけど、音が思ったより上品、つまり小さくて、ちょっとびっくりした。
ディジタル音もあるもので、ぐわ~っと、ごわ~、っと、どでかい音だと期待してたんだが、ええと、OAのDECAPITATEDのほうが音でかかったくらいな・汗
 
ステージの空気は、がっつりがっちり固まってる、って感じではちょっとなかった気がしたんだが(あくまでも私の感触)、ああ、キャリアのあるバンドってこういう感じですよね、って感じがした、セトリの組みかたとか、最近の海外のヘヴィロックバンドはだいたいああいう感じで、新作のツアーでも、基本的にみんなの知ってる曲でほとんどを固めるっていう。
 
これってさ、たとえば某SLAYERとかに対して私かなりうんざりしてた時期があったんだが(いつも同じ曲)、こないだDIR EN GREYの本読んでたら(すまん、やっぱ名前出たw、FFに何も関係ないのにww)、薫さんだかが、海外の売れてるバンドはたいがいそういうセトリを組んで、お客さんの望むものをかちっと提供して、まあ、仕事として、みたいな感じらしく、今日のFFも、そんな感じだなあと。
 
まあしかし確かにわしみたいに「好きでよく聴いたアルバムもある」ていどの客にとっては、一番いい塩梅のセトリではありました。
 
 
さっきステージの空気について書いたけど、わし、カザレスさんがいなかった理由とかも全然知らなかったのだが、えらくベルさんはカザレスさんをたてるのう、と思っていたけど、帰りにWikiったら、かつてはこのふたりがかなり不仲だったのねw
年取るっていいことですよね。
 
 
ライヴ自体はけっこう長くやってくれて満足だったけど、最後は何か寂しかったなあ、ってか、何だか、ライヴの途中から、旧友に会ってるような気持になってったのよ、大体が海外のバンドを観るの自体がたぶん1年ぶりくらいで、最近ライヴ自体あまり行ってないからね。
 
それに、FFってえと、私にとっては「かつて聴いてたバンド」だから(もちろんこれからも聴くんですが)、何だろうなあ、自分がこういう音楽にもう夢中で夢中でしょうがなかったころとけっこうリンクしてるってか。
 
それで、旧友に会うような気持ちになったのだろう。
だから、終るのはほんとに寂しかった、素直に寂しい顔をして、ステージに手を振りました。
 
 
さて、あとは戯言ですけど、ベルさんはときめいたな。
わしにとっては「知性のかたまり」ってイメージの人だったから。
勝手に。
 
CDで聴いても思うけど、もう声そのものに説得力があるよね、特にグロールの部分ね。
それがじかに聴けて、ほんとにもうconvinced、という感じで。
 
けど、けどww
しゃべりがソフトすぎて、これまたのけぞったwww
あのグロールからまったく想像のつかぬ……「姐さん」的味さえあるような、、、
 
あと、Rで全然舌を巻かない、しかしあまり聞いたことのないなまりだったので、
「この人アメリカ人じゃなかったっけ?」
と思ってて調べたらテキサスの人か。
あれがテキサスなまりなのか?
 
まあそれよりもともかく、あのグロールした直後に
「さんきゅう」
と、高めの声での優しいしゃべり……。
だって歌ってる声からしたら、低めで、何つーの、知性派うるせー音楽ミュージシャンにありがちのしゃべり、判りますか、そういうのを想像してたのに、これもまた衝撃であったww
 
 
まあともかく新作を買ってきましたので今後聴きたいと思います。
うるさい音楽万歳。
インダストリアル風味メタル万歳。
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by 6ssorelativo | 2012-09-19 23:11 | 音楽
もういっちょ書こう。
 
ここだけの話、キャシーさんのある記事の相談者は私なんだけどね。
(取り上げてもらえるなんて思ってなかったが。)
 
で、そのときもらったアドバイスと、あと、
そのあと地元でスリーインワンに行って、
このときもまたさっきの記事で書いたような、
「なぜ私が自分の望むように先に進めないのか」
の理由がピンポイントで出てきたセッションで、
これもまた非常によかった。
 
もう、はっきり判ったもの。
いろんな選択肢があるなかで、
私はもうはっきり意識的に下から二番目くらいをいつも選んでいて、
それはもうただそれしか選べなくなってるんです、
一番上を選択するなんて自分じゃねえな、と思っている、
というだけの理由なんだけどw
 
まあともかくさ、そんな感じで、
話をキャシーさんの記事で得たことに戻すけど、
そのアドバイスに従ってみて、その結果、
まずは自分がいかにキャシーさんが書いた
「あなたはずっとこういうことをしてきたはずだ」
ということをほんとに人生でずっとやってきていたかを自覚して、
で、その結果、私の脳が禁じてきた、ことというのを、
ちょっと意識的にやってみた。
 
それは、他人のいやだなと思うところをいやだなと思っていい、と許可を出すこと、
なんだけど、それをちょっとやったあと、
会社の人にしろテレビのなかの人にしろ、
「あ、私この人嫌いだったんだ」
と素直に出てきて、ああ、これはラクだなあ、と。
 
嫌いだったり苦手なのに、
むりやりうまくやろうとするので逆に関係が悪化したり。
(会社でひとりそういう人がいる。)
 
テレビでも、
「あ、私この人根源的に嫌いだわ」
と思った人がいるんだけど、
(名前は書きません、好きな人にとってはいやだろうからね)、
ああ、嫌いだって思っていいんだなあ、と。
 
いや、テレビに出てる人みんな好きなわけじゃないんだよ、
これまでだって顔見ただけで、声聞いただけでチャンネル変える、って人は数人いた、
ただ、この人に関しては、一生懸命、
すごい人だから、確かに自分からみてもすごいことしてるからって、
一生懸命頭で「すごいからすごいと思おう」としてきたってのが判って。
 
で、その「むりして」な感じが、
実生活での対人関係で自分がやってきたことと、すっごく感覚が似ていて。
 
 
私と似たパターンの人のためにちょっと具体的に書くけど、
人間関係でさ、相手のいやだなと思うことを感じるのを禁止している、
ってことがあるんだ。
 
まず自分が、自分の感覚、感性があって、で、
そっから、相手をみて、
ここはいいな、ここはいやだな、でもかかわってみたいな、とか、
そういうステップを、私はなかなか踏めなくて、
何をやっているかと言うと、
「知り合ったらもう全員と仲良くなって親しくなって」
あるいは
「全員から嫌われないようにうまくやって」
みたいなことが、もう至上目的になってるわけね。
 
で、その際に、私は、
「相手の嫌いなところを自覚したらその人が全部嫌いになってしまったりして関係が切れてしまうから、
相手のいやなところは全部我慢して一緒にいよう」
みたいなことをしている。
 
で、キャシーさんが書いていたのは、
「相手の嫌いなところを嫌いと自覚したって、
相手との関係が切れたりせず、かえって強まる」
ということで、これってほんと、にわかには心では信じられないよね。
 
頭ではさ、たとえば
「求めないことで手に入る」
とかさ、もう潜在意識系の話じゃこういう逆説的なありかたってふつーになってきてるじゃない、
だからさ、頭では判るんだよ、
「相手の嫌いなところを嫌いと自覚したって、
相手との関係が切れたりせず、かえって強まる」
ってのはね。
 
でもやっぱ、心、ってか、ほんとは脳なんだけど、
脳的には、怖いよね、だって
「それをしたらまずい」
ともう生体反応として刻まれてるわけだからね。
 
でも、やっぱほんとだわ。
 
↑のアドバイスもらってさ、
恋人の嫌いなところを、実際に2、3日書き出したもの。
 
でもさ、まずは、書いてたら、そのとき、まあ初めて、とは言わないけど、
「相手を感じる」みたいな感覚を感じたんだよね。
「あ、この人こういう人なんだ」
みたいな。
で、「こういう人」って思っても、
もちろん個々では嫌いなところあるんだけど、
けど、「こういう人」って感知した相手は、
全然、それでいいじゃん、って思えたり。
 
そっから、一緒にいるときも、やっぱ他人だから
「この人何でこうするのかなあ」
ってこと、ことに恋人だと特に目につくじゃない、
友達だったら「まあいいか」ってことも、
恋人ってなると我慢できないからさ。
 
けど、
「この人何でこうするのかなあ」
が、ここちょっとスピリチュアル入るけど、
「まあ、この神(人)は今こうしたいのだから」
とか思えるようになってw
 
スピリチュアル的観点からいくと、みんな神さまらしいじゃんw
で、それぞれがそれぞれを自由に経験するためにこの世界があるらしいじゃん、
だからさ、いっくら私(という神)がさ、
たとえば、これはほんとにたとえばよ、
「納豆にはねぎだろうが!」
という自分を経験したくても、私の恋人(という神)は
「納豆にはチーズだろうが!」
という自分を経験したがってるかも知れなくてさ、
(ほんとにただのたとえです)、で、それについて、
「チーズなんて、いやだ、ほんとにいやだ、やめてほしい」
とずっと深刻に思ってる、でもどう言ったらいいか判らない、
でも言わないとストレスが辛い、
みたいなのが従来の私でさ、けど↑で書いたように、
「この神はチーズを入れたいのだから」
と受け入れてみたら、二週間くらい経った今、
恋人は、納豆にたまねぎを入れるようになって、
あ、彼なりの方法が出てきたし、
私もまた、チーズよりかはたまねぎならば許容範囲だし、
って感じになってきたりしていてw
 
ほかの点でも、すごくよい変化が出てきていて、今思うのは、
「この人のここが嫌い」
って、その場で感じ取ることを自分に許せると、
「あ、私、この人のこういうところが嫌いなんだった」
と……正直、こう思うだけで、もう何かその「いやだな」が解消してしまうなあ、
今思うと。
 
だから今、あれだけずっといやだと思っていた、恋人の喫煙とか、
と言っても一緒の場ではあまり吸わない、外で吸う、
けど、嫌煙者のかたはご存知のように、
相手の体や手に匂いがめっちゃついてて、あれもまたすごくいやでしょ。
 
で、私もずっといやだったの、
けどさ、何か今はどーでもいいなあと思える。
はい、たばこの匂いしますね、で終り。
 
もし今後、ほんっとにたばこはもう金輪際いやだ! と思ったら、
何か素直に言えそうな気がするし。
(↑たぶんこの軽やかな感じが重要。)
そこまで今いやだと思わないんなら、何も言う必要ないし。
って感じになってきていて。
 
(体に悪い、という話はちょっと置いときます、今は。)
 
 
長くなってきたが、つまりはさ、ポイントはさ、
「自分が自分に許可を出す」
ってとこなんだよね。
 
私みたいに、まるで課題のように、
相手との関係を「うまく」こなしていく、
みたいなのが至上目的になっちゃってる人だとさ、
もう、自分がどう感じてるなんてことは全然意識にないわけ、
いっつも、さっきの記事でも書いたけど、
「意識は常に相手にあって、
相手の行動にどううまく対処するかいつも緊張している」
ってことになってしまい。
 
こうなってると、
「自分が自分に許可を出す」
どころではない。
 
(で、問題は、自分のほんとの「いやだなあ」を抑えていると、
抑えていても、心はいつも違和感を感じていて、
それを何とか伝えようとするので、
全然関係ないところや些末なところで相手に対する「いやだ!!!!」が出て、
相手ともめたりする、という点。)
 
で、これは、相手に、「ここがいやなんだ」とか文句を言えってことでは全然なくて。
それは、「相手に」言うことではなく、
私みたいなタイプは、まず、と言うか、いつでも、まず、
「自分に」
言うこと。
 
「彼の、こういうところ、ちょっとやだなあと思うよね」
と、自分が思うことを許してあげる。
今までは、
「ほんとはこういうところがいやなんだけどいやだと感じたら関係が切れるから感じてないことにします!」
と脳がコントロールしていた状態だったからね。
 
けど、心は正直なので、
「脳はいやだってことを感じないようにコントロールしてるけども、
私ほんとうは彼のこういうところがいやです! 
でも脳が感じないようにしちゃってるから、
でも私は正直でどうしても黙っていられないので、
この、いやだな、を、違和感に変換して、意識に上げますから!」
みたいなことをしているので、何かいつも苦しかったなw
 
 
収拾つかなくなってきたけど、
思うのは、人間関係って、「相手との関係」だと思うじゃない。
でさ、何かが問題だと思うとさ、
相手のここが悪いとかさ、相手を変えようとかさ、
どうしてもそっちに意識が向くじゃない。
 
で、もめるんだけど。
 
けどさ、ほんとは人間関係って、「自分との関係」なんだよね。
その視点で何かすっきりするものがみえたとき、初めて、
「じゃあ相手にどうしてもらいたいのかなあ」
に移行できるんだろうと。
 
だから相手との関係をよくしよう(あるいは何とかしよう)と思ったとき、
「相手と話す」
というのはたぶん第一歩ではないんだな。
まず、
「自分と話す」
んだ。
 
そうすっと、たぶん相手に言いたかったことのほとんどは
「言う必要ないことだ」、となるんじゃないかなあ。
 
自分が自分の話をよく聞いてあげればいいんだと思う。
聞いてあげないから、さっき言ったみたいに、正直な心さんは
「聞いてくれないけど聞いてほしいから苦しい気持ちになったり怒ったり悲しんだりして何とか聞いてほしいんだってことを伝えます!」
となるんだよね。
 
で、この、
「聞いてくれないけど聞いてほしいから苦しい気持ちになったり怒ったり悲しんだりして何とか聞いてほしいんだってことを伝えます!」
ってさ、特に恋愛でさ、
よく女性がまんま彼氏にぶつけることだよねw
 
だからほんとにまず自分さ。
「この人(彼氏)、私の話聞いてくれない!」
ってときは、心さんが、
「この人(自分)、私の話聞いてくれない!」
と思っている可能性大だ。
 
 
何となくこのへんで終りますw
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by 6ssorelativo | 2012-09-17 01:05 |
先日の「がんばったことの結果」って記事はさ、いっつも今自分のいるところを見てない、あるいはいっつも自分のことを見ずに他人からの目ばっかりに意識を向けてる、そういう自分に対して、投げかけてみたかったものでね。
 
私は、毎日毎日一日に何度もケータイでネットを見て、明らかに何かを探してるんだ、けど、その「何か」をほんとに見つけたためしはない。
 
もちろん一瞬はあります、それは何かってえと、ひとと交流できたとき。
端的に言えばコメントもらったとか。
 
けど、その嬉しさは、やっぱり一過性のもので。
(もちろん、どうでもいい、という意味でなく、私の得たい根源的な「何か」は、外部に頼って得ようとしているうちは得られない、という意味。)
 
その「何か」は自分の内側に見つけるしかないのだが、私はいっつも外を見ていた。
 
 
結局、自分を悩ましているものは何なんですか、というのを特定するには、自分を観察するほかない。
 
だから最近は、ケータイでネットをやるときは、
「あ~、何か探してるなあ、私」
と自覚することにしてる。
で、
「ここを見ても、得られない、得られない」
ときちんと確認したい。
 
あるいは、ひとと一緒にいて、ってかたとえばまあはっきり書くと恋人と一緒にいて、最近自分のある傾向をすごく自覚してんだけど、(ただ、これが出てきた発端はACRのセッションだった)、しかしその傾向にある自分の状態って、すっげえおなじみなのよ、なぜかと言うと、子供のときに、私は対象を親にして、おんなじ感覚でいたんだよね。
 
そういうときって、意識がもう全然自分にないんです、一緒の空間にいる他人にずううっと向いている。
で、その他人がどう思ってるんだろう、どういう行動に出るんだろう、そのとき私はどう対処しよう(しかもうまく、って「うまい対処」っていったいどんな対処なのだろう、そのへんもまた私独自の対人における感覚の問題なんだけど)、ってずっと緊張してる。
けど、それに気づくと、
「うわあ、今完全に意識が他人に飛んでた、自分はここだろ」
と戻します。
 
 
ってことで、ほんとは毎日でもキャシーさんの日記に関して思ったことを書きてえなあ、って思ってるんだけど、なかなか時間もなく。
 
↑とかも、ここ最近のキャシーさんの記事をみて、思ったことでね。
 
ってか、ここ最近のキャシーさんの記事は、それまでと明らかに傾向が違っていて、相談者の人ピンポイントでしか書かれてないように見えるのだが(それは以前より増して)、しかし、それでいて、広くヒットする人がいるんじゃないか、と思える。
 
と言うか、相談そのものも、この……2か月くらいだろうか、自分が知りたい、ってことを、ほかの人がドンピシャで訊いてくれたりする。
 
何か、同じようなところにいる人が増えてる、ってか、やっぱ共通した何らかのステージってのが人間の潜在意識のつながりのなかにはあるように思える。
 
 
せっかくだからやっぱ書くか。
 
あのさ、こないだ、こういう記事があったわけ。
 
「よい諦めると、悪い諦める」
http://plaza.rakuten.co.jp/therules/diary/201209100000/
「良い諦める、悪い諦める 2」
http://plaza.rakuten.co.jp/therules/diary/201209100001/
 
ちょっと引用するけど、
 
また、その答えられなかったことが残っていて後から
その悲しみを相手に分かってほしい、としてしまうかもしれません。
自分の夢をかなえるためではなくて、人に助けてほしい、ということが
課題にはっていきます・それがあると、夢はかなえられないんです。
いつも、人との葛藤が問題になります。人がこうしてくれなくて
人がああしてくれなくて、私は存在感がない、というここがテーマになってしまいます。

(中略)

この場合、ポイントは、人にくっついている、自分のしたいことよりも
それが優先になりすぎている、ということに気が付くことです。
すごく周りが気になって、自分が何かのアプローチをしたらそれがかえってくるのを
待っていて、そして一度限りで終わってしまい(あるいは何度か短い間隔で)
あーあ、あーあ、またダメなんだ、というように感じてしまって
期待をして何かをするんだけれど、相手の人によって
もたらされることを希望しています。

 
ここが、あんまりに自分と同じで、びっくりした。
(「存在感がない」、という感じ取りかたは私はしなくて、と言うか、この相談者さんの場合は、「存在感がない」がストレスになる言葉で、私の場合は「みんな私なんかどうでもいい、無視する」、あたりだと思うが。)
 
ってか、これで、気づいた。
 
自分も結局、
「自分がこれがしたい、こういう夢を叶えたい」
ということをしたいんでなくて、
「自分が何かをして、誰かが反応してくれたら先に進める」
ということをしてるんだよね。
 
だから私の行動と思考のポイントは常に
「他人がどういう反応をしてくれるのか」
にあって、すべての問題が、↑で書かれてるように、ひととの関係性に帰着してしまい、つまり、
「誰かがこうしてくれたら先に進める」
というふうになっているため、自分の力が出ない状態になっている。
 
私のこの記事も、冒頭から言っていることは同じで。
「意識が他人に向いている」
という点。
 
 
で、最初に書いたように、
「いっつも今自分のいるところを見てない、あるいはいっつも自分のことを見ずに他人からの目ばっかりに意識を向けてる、そういう自分」
というのがあるわけだが、ともかく意識がいわゆる「いまここ」にないわけで。
 
で、先日、キャシーさんがこんな記事書いてる。
 
「人は、今いる場所からしかはじめられない」
http://plaza.rakuten.co.jp/therules/diary/201209140002/
 
これって考えてみると当り前でさ、たとえばブロックを組み立てようとするじゃない、そのときに、「自分が今いる場所、今の自分」ってのは一段目なわけだよね。
けど、私もそうだけど、何か知らんがいっつも五段目くらいから組み立てようとしてるわけよw
組み立てられるはずねえってw
って、ほかのことにたとえればすぐに判るのにさ。
人間って、人生に対しては全然、
「ブロックを組み立てようとしてるんだけど、一段目をスキップして空中から組み立てようとして、いっこうに何も出来上がらない」
ってことをやってるわけだw
 
 
というようなところで寝ます。
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by 6ssorelativo | 2012-09-16 23:40 | 前へ進むということ

がんばったことの結果

がんばったことの結果って何だろう

給料が増えることかな
ほめられることかな
信用を得ることかな
人気者になることかな
有名になることかな
友達が増えることかな
親が自慢してくれることかな
モテるようになることかな
ぐっすり眠れることかな
明日もがんばろうと思えることかな
次の目標が見えることかな
自信がつくことかな
成長したなあと思えることかな

がんばったことの結果って何かなあ
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by 6ssorelativo | 2012-09-13 21:34 |
最近やっと「Greed」を読み始めたんだけど、今日はトシヤさんの発言でうるうるきて、何か知らんが震えがきたな。
 
(DIRさんファンじゃない人への注:「Greed」とは、DIR EN GREYの、海外活動をテーマにした写真集及びインタビュー集。)
 
ライヴのたびにものすごく緊張する、という話をしていて、
「どっちかと言うと、人前に出るのが苦手なんですよ。毎回、緊張するし、ホントに逃げたくなる(笑)。それでもそこ(ステージ)に立つっていうのは、自分の中では戦いに行くような気分なんです」
 
何かさ、「その人がやってること」ってのは、その人が得意だからやってる、って図式が私のなかではあるんだけどさ、いやそらまあたとえばトシヤさんだって音楽への才覚、センスがあったりって、そういうのはもちろんあるんだけど、ライヴってバンド活動の要だからw
 
それが苦手、でもやる、それも「自分の中では戦いに行くような気分」なんて思ってまでやってるってのが、何だか知らんが衝撃で。
 
それはたぶん自分が
「これは苦手、あれは苦手」
って、逃げてきた歴史からきているんだろうな。
 
悩むのは大得意なんだけどw、建設的な方向の「行動」がなかなかできないってかね。
夢想したり考えたり計画したりするだけだったらいいんだけど、それと「行動」ってのは明らかに質が違うステップで。
 
で、この「行動」がなかったら絶対に何も起きないわけでね。
 
けど、いざ「行動」の段階になると、その「行動」のなかの、これが苦手とか、気が進まないとか、いやだとか、そうなると、私はもう絶対やらない方向にしか行かないからw
 
そのへんが。
やっぱ(DIR EN GREYの人らって)私と違うなあ、と思って。
 
ってわけで、今日は完全にトシヤさんにもってかれた日でしたw
 
Now playing: DIR EN GREY/Withering to Death...
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by 6ssorelativo | 2012-09-11 22:30 | 音楽
ふと思ったことを書きます。
 

この世界のあらゆる理不尽、腹の立つこと、許せない(ように見える)こと、理解できないこと、これら自体には実は何の意味もなくて、つまり、それらを正そうとすることにもまた意味がなくて、これらはただ単に、人間が、
「それだけの理不尽からも離れて心乱されず、ただ自分自身でいられるのか、中心に定まっていられるのか」
を試しているに過ぎないのではないか。

 
人はただ試されているのだ。
毎日毎日。
出来事自体に意味はない。
意味があるのは
「あなたがそれに対してどういう状態でいるのか」
ということだけだ。


苛立ちがきたら、怒りがきたら、毎回チャンスだ。
出来事を見るのではなく、自分の内側を見る。
出来事に惑わされてはいけない。
出来事に我を忘れさせてはいけない。
すべてが神の「仕掛け」だから。
出来事自体に、ほんとに、これっぽちも、意味はない。
全部全部全部全部神のトリックだ。
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by 6ssorelativo | 2012-09-10 19:57 |

子供

自分さえ、自分さえ黙っておけば、全部うまくいくだろう、
自分さえ、自分さえ我慢していればみんな何も幸せになっていくだろう、
というのが子供としての私の思考であった。
 

人が好きすぎるゆえに、誰かに何か言われたら素直にほんとに素直にその通りにして、
自分の違和感は一切感じないようにして、
すべて黙っておけば、自分さえ不平を言わなければうまくいくのだからと、全部もう押し込めた。

 
そのくらい、人とつながりたかった。
人がいて、みんながうまくいっていて、
そして私はうまくいっていることをいつも観察していて、
誰かが怒っていたらそれは全部私のせいにすればいいのだからとわざわざ言いに行った、
みんな、誰もが、私のせいにしておけばそれでいいのだからと自分を何重にも受け入れない構造を作った。

 
いついつには戻るから待ってなさい、と言われたら、忠実に待っている。
疑うこともなく待っている。
待っていて、来なかったら、子供としての私は、ほらね、と言うのだ、
今までも全部、人の言うことを信用して、いったい誰が約束を守ってくれたのか、
みんな言ったことを忘れて自分以外のところに楽しみを求める、
待っていたのに、言われた通りに待っていたのに、誰も約束は守らない、
待っていて、来てくれたら、と言うか、
人を信用することしかしないこの子供は、納得しないことには納得させてもらうまでこだわり続ける、
彼女には理解できない、約束が反故にされるという現象が理解できない、
だからどんなに些細なことだろうが、言われた通りじゃない、ということは納得しない、
だって、
「あなたはそう言ったのだろう」、
「事情が変ったのならそのとき説明してくれれば「あまりに素直な私は」納得する」、
納得したら黙る、納得さえすればこんなに従順で素直な子はいない、
それはちーちゃんは判っていて彼女だけは、いや、最近はネットの仲間の数人も判っていて、
でも肉親は判っていない、恋人も判っていない、
彼らに私がわがままで自己主張が強く映るのは、「彼らが約束を反故にするからだ」、
彼らにそのつもりがなくても、「言われたことはそのまま信じる私には」、裏切られたと感じられる、
だから心を閉ざす、
信じて信じて閉ざして閉ざしてそういう私の世界にはどこに土台となる地平があるのだ、
「納得させる努力もしないでなぜ私ばかりを悪者にするのか私ばかりを気違い扱いするのか」。
 

というのが出てきました。
さて、ちょっと対話してみるか、ってか、対話も何も、この子供は何ひとつ間違っていないのに。
現実社会は、彼女のような人を、obsessiveとか言うけれど、
だから「社会に受け入れられたい」「人に受け入れられたい、それが心の底からの望みである」彼女は、
そういう社会に受け入れられたくて、だから自分がおかしいと言うのだ、
彼女が自分にとって真実である主張して誰かが怒るのならば
彼女は瞬時に自分の言っていたことなど取り下げるのだ、
そのくらい人に受け入れられないのは、誰かが怒っているのは一大事なのだ、
自分を殺して、相手のもとに馳せ参じて、
どうか私のほうがおかしいのだから私をおかしいと言って蔑んででも仲間でいてくださいと懇願するのだ。

 
彼女は間違っているのか?
ちょっと社会と合わないのだけれども社会に受け入れられないと死んでしまう彼女は
自分でいれば社会から受け入れられぬし、しかし自分を押し殺すとおかしなかたちで自分が暴れるし、
それでますます周囲は私を気違いだと言うし、
これは結局、私は一度社会から自分を断絶させなければだめなのだ、
社会など必要ないと、社会は、他人は実は自分を幸せになどしないと認めなければならないのだ、
社会のコードよりも、
社会が百万回彼女はおかしいと言っても私はおかしくないのだと叫び返すことが必要なのだ。
 


 
というわけで寝よう。
あ、悩んでねえんです、悩んでねえんです、
ただ、感情が大きく動くことがあったとき、もうそれを出し切ることにしたの、
そうしたら、こういうのが出てきたの。

 
だから、恋人の名誉のために言うと、
彼は(自分に余裕があれば)ものすごくちゃんと受け止めてくれるのだ、
私を気違いなどとは言わぬ、むしろ一緒に歩んでくれようとする、
そして結局は「私がそれが信じられないのだ」、
男性は悪者で、こんなふうに大事にしてくれて取り乱してもなだめてくれるなど、
私の世界ではあってならぬのだ、
だから、ほんとに「自分が何を思っているかだけが自分の世界を作る」。
 

誰のせいにもできない。
そしてだからこそ自分ですべて何とかできる。

 
そんなことを、心が揺れるとTERROR SQUADと聴きながら、思っている。

 
寝る。

 
TERROR SQUAD/マニア向けDVDその2
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by 6ssorelativo | 2012-09-09 23:44 |

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


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