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何かふっと思いましたが、何事も、自分のできる範囲でやればいいんじゃないでしょうか。

確かに、自分の力を信じたら、いわゆる「広大無辺な力」というのと同期できるのかも知れないが、それ以前に、ほんと、今の自分のできる範囲でやったらいいんじゃないだろうか。

季節柄、大掃除とか、完璧にしないととか、何か、自分を鼓舞しないかたちで、やらないといけない、と思っても力が出ないので(最初はいいがだんだん体は反発してくる)、まあまあ、たとえば今の私だと、掃除機かけるのは正直しんどいから、床掃除用のモップ(モップじゃないが何かそういう感じのやつ)で埃を集めるくらいならできると思うんで、それはやってみる、とか。
 
で、掃除機かけなかった自分を責めない、と。

やれる範囲で、自分の気持ちや体にも訊きながら、やったわけだから、それが今の自分にはちょうどいいところだから。

焦点合せるべき目標って、完璧、とか、もっとよくなる、じゃなくて、
「今の自分でできることをできるようになる」
かも知れないですね。

で、できないときがあってもいいし。
今の私だったら、モップで埃集める、というのが、できなくてもまあ、別にいいのだし。
ほかの、できそうなこと(たぶんそれは瞬時に変っている)をやったり、またはほんと今は何もできないなーと思ったらやらなくて、好きなテレビ観てたり音楽聴いたり散歩行ったりして何でもいいからリラックスして、そしたらふっと、「やろっかな」と思えるかも知れないし。
(ほんと、あくまでも、やれそうなこと、やれること、やってみたいこと、やりたくないこと、って瞬時に変るので。その、変るのも、人間て知らんうちに責めがちだけど、それも責める必要ないし。)
 
てなことを思った年末でした。


ではみなさん、よいお年を。
今年は全然年賀状書いてません。
用意はしたので出すかもは知れませんけど。

喪中ハガキくださったかたがたも、ありがとうございました。

そしてみなさん、今年も縁を持ってくれてありがとう。
毎日てきとーに自分にやさしく、やっていけたら嬉しい。


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by 6ssorelativo | 2012-12-31 15:36 |

BUCK-TICK@武道館@12/29

また最高だったBUCK-TICK。

つかねえ、まあ2年前くらいからこの兆候はあったんだが、最近今井くんをよく見ていてねえ。
昨日もアンコールで、スクリーンに5人とも映ったとき、花道を駆け上がる今井くんの背中をじっと見て、ああ、カッコイイなあ、とか、今まで思ったことのないこと(今井くんの背中見て感慨深くなるなど)を感じていたのである。
 

ほかにいっぱい好きなバンドはある。
とっくべつなバンドもいくつかある。
 
けんども、どこかの基準で、で、それはどういう基準か判らないけど、昔っから、
「自分にとって世界一カッコイイ曲たちを作ったのは今井くんだ」
ってのがあってね。 
 
ってな話はたぶん前のブログで2回くらい書いてる気がするけどもw

ヒデもいい曲作ってる、ってのは当然として、どうもわし、いい曲、と別に、カッコイイ曲枠、という枠が確固たるものとして自分のなかにあって、それがとっても自分にとっては重要で、だから、「世界一カッコイイ曲」ってくくりにおいて、それらを作った今井くんを「じーん」としながら眺めてしまう、というのがあるのだと思う。 
 
あと、やっぱattitudeってんですか。
ありかた、いやまあ会ったことないで知らんけど、でも、今井くんが、すごく深刻に、時間かけて、後ろ向きに悩むってのは、ないことはないだろうけど、その時間は圧倒的に少なくて、ともかく(曲)作る、ってか、悩んでも、とにかく作りたいって欲求が一番で、だからこそこれだけ長いあいだ、コンスタントに、これだけのクオリティのものを作り続けてこられたんだろうと。

(今はほかのメンバーのことはちょっとおいておきます。)
 
 
昨日の話ほとんどしてないけど、まあともかくさいっこう、さいっこう!

そして武道館ソールドアウト、追加販売おめでとう!!

昨日のこと自体はまた書く気になったら書くかも知れません。
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by 6ssorelativo | 2012-12-30 22:34 | 音楽

BUCK-TICK@名古屋市民会館

何ちゅう最高だったじゃろうか。
 
開演前は眠くて眠くて、ああ、またライヴ中も眠さと戦うのか、とか思っていたが、始まってみたら、眠いなどと一瞬も思わなかったな。
 
"極東より愛を込めて"、"天使は誰だ"のカッコよさは圧倒されるぜ。
って「圧倒される」なんて月並みな表現は使いたくないのだが、何かそんな感じが気がした。
 
 
最後は"夢見る宇宙"だったけど、後半、
「さよならの果て抱き合って」
のところで、遠くに、花道にいる今井くんだけを見て、また涙との邂逅が。
 
しかしもちろん悲しいんでもなくて。
感動したから、というのも違って、そのとき感じてた何かは、当然涙に帰結する何か、と言うか。
 
それで思い出したんだが、大きな感情の動きもなく涙だけ出てくる、という体験は、過去に一度だけあって、そのときも、BUCK-TICK絡みであった、B-Tとの18年だか19年だかを思っていたら、気づいたら涙が出ていたのであった。
 
 
いや~、来週が楽しみ。
 
 
ときれいに終ろうと思ったけど、今日のヒデのことは書いておかねばなるまいw
 
今日は、ヒデのなかに違う人が入っていた感じw
あんなのりのりなヒデは初めて?見たなw
曲名判らんけど(何せまだアルバム買ってなくて、今日会場で限定盤買おうと思ったら通常版しかなかったのでまだ買えていない状態)、何か沖縄っぽいヒデ曲のときから、何だか、
「探す」
とかいう歌詞のとこで手でめがね作ってみたり、花道に来るとき遠くを眺めるようなジェスチャーをしたり、くるくるくるくるくるくる回り続けたり、ともかく何か、違うのである、しかも何か、いつもみたいな、むりして演奏にのっている感じを出している、というふうでなく、何かから解放されたように心底楽しそうであって、あれはいったい誰だったのだろうw
まさかツアー最終日(来週は東京だし)だから、よし、ツアーから解放されるぞ、という解放感から……w
 
というわけで楽しい日であった。
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by 6ssorelativo | 2012-12-22 22:27 | 音楽
こんなんあるんだな。

http://www.plan-japan.org/girl/
Because I am a girl-世界の女の子に、生きていく力を。
 
もちろん、何はともあれまずは自分から(面倒みてあげる、大切にしてあげる)、だけど、正直、性別ですべて物事決められちまう、ってのは他人事じゃねえからな。
(もちろん男性もそうだろうけども、女性は簡単に兵糧攻めにされ得るからね。人間でさえない、って文化もあるだろうし。)
 
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by 6ssorelativo | 2012-12-18 23:10 | 前へ進むということ

選挙結果について

ちょっと今日はもういっちょ記事書いときます。
 
選挙結果ですが、結局選挙区制度に問題があるんだと思う。
 
小選挙区の宿命 自民得票4割、議席8割
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012121702000302.html

前回の民主政権誕生のときも、確か同じような割合の対比だったと記憶してる。

これじゃあ全然「民意を反映」になってなくて。
 
何かすごく奇妙だと思うんだが。
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by 6ssorelativo | 2012-12-17 23:31
この半年以上をかけて判ったことは、私というのは
「外部(他人)を常に監視していて、相手が怒らないように最適な対応をする」
というシステムであって、
「相手が怒る」

「相手はいなくなる」
と思い込んでいて、
「相手がいなくなったら自分は死んでしまう」
と誤解している、ということであった。
 
だから相手のマイナスな面はもう潜在意識レベルで感じないようにしているし、相手を怒らせないように、自分がほんとに感じてることも、全然感知できないようになりました。
 
まあこう書くと悲惨だが、こういった誤解ってのは、脳が、自分の命を守るためにやってきたことであり(この方法で命が守れると誤解した)、どうも、よくある、
「子供にとっては親がいなくなったら死活問題」
そして、こっからがわしオリジナルだが、
「どうもこの親は怒るといなくなると子供に感じさせるフシがあり、子供は怒らせさえしなければいなくならないと誤解をし、親がいなくならないように、つまり自分の命を保持できるように、親を怒らせないことが至上命題となって、それによって自分の命を守ろうとした」
ということであろう。
 
 
で、この方法は全然自分の本質には合っていないので、もう苦しくてしょうがなくて、だからもうこの誤解は解こうぜ、って段階に入っているんだけど、なんせ、この方法で命が守れる、という誤解をしているので、なかなか変えることができない。
(潜在意識はなかなか変らない、というのはこのへんに理由がある。)
 
で、今年はキャシー天野さんのACRのクラスに行くようにもなり、判ったのは、
「人は、小さく感じている自分本来の感覚があって、しかし、いろいろな理由で、(↑だと「親が怒っていなくなると自分が死んでしまう」という誤解をしたことにより)、本来の感覚が感じられなくなっており、しかし実際は感じているのでそれが大げさに、別のかたち、たとえばしつこい怒りとか恨みになって出てくる」
という仕組みであって、
「小さく感じている自分本来の感覚」
「本来の自分がほんとうに得たいと思っているもの」
が感じられない、得られないので、ずっと苦しむ、ということである。
(それらを得られない方法で自分の命が守れると誤解してしまったので。)
 
で、
「小さく感じている自分本来の感覚」
「本来の自分がほんとうに得たいと思っているもの」
を得られる、というのを、キャシーさんはよく
「自分とつながる」
と言っていて、それが起ったときに、ほんとに自分本来の生き方ができる、としている。
 
 
で、長らく、この、
「自分とつながる」
を探してきたんだけど、なんせこないだ判ったけど、最初に書いたような、絶対に自分の本当の感覚を感じないようにする、ということを生れてこのかたずっとやってきたために、一向に
「自分とつながる」
が起きない。

で、最近、ってか、ずっと、いろいろ学ぶこともあって、でも、学ぶってことは、その前には必ず苦しいことがあるので、もういやだなあ、と思っていて、で、今日になって、
「小さく感じている自分本来の感覚」
「本来の自分がほんとうに得たいと思っているもの」
なんてどうでもいいや、という怒りを感じて。
だって、どうせ感じられないんでしょ、もう何やったって感じられないんだから、もうどうでもいい、という感じの。 
 
で、鬱々と考えていたら、判ったんだけど、
「自分とつながる」
を目指してきたけど、でも、どうも私がなぜ
「自分とつながりたい」
かと言うと、
「そうしたら、他人とうまくいく」
と思っていたからのようなのです。
ということに今日気づいたのです。
 
いや~、愕然としたよね。
ここまで、
「他人とうまくやる、怒らせないようにする、怒らせたら相手はいなくなるから、いなくなったら私は死んじゃうから」
という論理に支配されていたとはね。
 
「自分とつながる」
なんて、明らかに自分復権運動だよね?
ほんとに、特にこの夏から、ほんとに、自分を大切にしようと思って、最後にほんとに味方になってくれるのは自分しかいないからって、ほんとに自分に寄り添おうとしてきたつもりなんだけど。
 
それをやる目的さえ、
「他人とうまくやる」
だったという。
 
これに気づいて、ショッキングだったけど、すっきりもした。
 
ここまで筋金入りに他人軸な人間もいなくね?
もうこれでもしわしにほんとに「自分復権運動の成功」が起きたら、それこそほんとの奇跡だぜ。
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by 6ssorelativo | 2012-12-17 20:16 | 前へ進むということ

いや~

選挙、すごいよね。

昨日町の寿司屋さん、みたいなところに行って、やっぱいわゆるなんちゃら世代の大半が鬼籍に入らないと社会も変わらんなと思った。

カップルを見れば、男性に
「嫁さんに飯作ってもらってるか?」
と訊く。
ふ、古くさい。

ケータイから打ってるのでめんどくなってきた。

時代は変る、いうのが肌でもう、判らんくらい鈍化するんやな。
なんちゃら世代の、特に男性はな。


その後、40代前半と思われる人と話したが、自身の子供に、
「将来日本ヤバイから海外行け」
と。

そんな日本にしたなんちゃら世代は呑気にしっかり年金もらって、つか何やろ、この、この社会からの、ほんと出口のない窒素性と言うか、何のための人生かな、と。


何があるか判らんから、ほんととりあえず英語はやっておこうぜ。
日本にとどまるにしても、英語で情報とれるかどうかは重要だ。
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by 6ssorelativo | 2012-12-16 21:48
ただただ、ファンタスティック。



Sony Music TVでこのライヴ放映してたよなあ。
もちろん録って何度も何度も観たよ。
回顧と言うなかれ、なんつーか、ふとした寂しさを包むのは、こういう、かつての思い出なんじゃないか、ってなことを思ったのでね。
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by 6ssorelativo | 2012-12-12 21:43 | 音楽

FAR/At Night We Live

何か知らんが紹介したい。
 
ただし動物好きさん、猫好きさんは閲覧注意。
(ハンカチ用意。)
 
追記
でもつべのコメ読んでたら、
「ニュースでは猫は助かったと言ってた」
というコメもあったので、そう思うことにする。
 

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by 6ssorelativo | 2012-12-08 19:43 | 音楽
外国語をやるってつまり、自分の頭のなかに違う構造を取り入れる、あるいは構築することだと思う。
 
もっと正確に言えば違う構造の思考を、だが。
 
まあ厳密なことはともかく、たとえば語順なんかで、慣れないものは最初はすっごく抵抗があって、これはまさに自分のなかにない構造への違和感、受け入れることへの抵抗なんだけど、相性さえよければ、あるときから平気になる。
で、平気になったときとか、
「もうこの言語だとこの語順やないと気持ち悪いねん」
みたいになったらもうその語順についての構造と言うかありかたは取り入れた、自分の母語(我々だったら日本語)にはないものだったのに、と、そのときには何らかの新しい思考への可能性が脳のなかに萌芽したこととなる。
 
まあ、言語ってほんと世話がかかるので、なかなか「構造」を取り入れるまではいけないけれど、考えたところ、とりあえず、
「この単語はどうしても日本語に直せんのよね、しっくりくる日本語がないのよね」
みたいに感じる単語が、数は判らんけど、それなりに自分のなかに増えてきたときに、ちょっとこれもまた新しい思考が芽生えたサインのひとつだと思う。
 
今日はこんなとこで。
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by 6ssorelativo | 2012-12-04 23:04 | 言語

日々、潜在意識に操られるのもしんどいですよね。操られないポイントは、潜在意識と対立しないこと。そして潜在意識に負担をかけないこと。そのへんのお話から、前に進むヒントをお伝えします。(Access Code Reading(略称ACR)はキャシー天野さん開発のセラピー法です)


by 6ssorelativo